どうぞ、ここで恋に落ちて
頭の中に悲鳴のような警告音が鳴り響いた。
仲良くじゃれ合うふたりをそれ以上見ていることができなくて、私は慌てて前に向き直る。
同じように振り返っていた伊瀬さんも、姿勢を正して座り直した。
「まったく、バカップルは家でイチャつけよなー」
現在絶賛恋人募集中らしい彼は、唇を尖らせて冗談っぽくボヤく。
「あは、でもお似合いですよね」
私は膝の上でギュッと手を握りしめ、俯いたまま乾いた笑いをもらした。
心臓が早鐘を打ち、指先から身体が冷えていく。
私が樋泉さんの彼女になれるだなんて、期待したつもりは少しもなかった。
だけど、それでも……。
「洋太くん、焦ってる? 真っ赤になっちゃって、かわいー」
後ろから聞こえてくるはしゃぐ千春子さんの声に、耳を塞ぎたくなるのを必死に堪えた。
好きな人が好きな人といるところを見るのは、こんなにも苦しい。
私はこの2日間、始まったばかりの恋にふわふわと浮かれていたんだ。
この恋は決して実らないと見せ付けられ、それでも樋泉さんを嫌いにはなれないと自覚させられ、いきなり突き付けられた現実に泣きたくなる。
その夜はそれ以上何かを見たり聞いたりするのがイヤで、やがて思考が真っ白になるまでお酒に溺れることだけを考えていた。