どうぞ、ここで恋に落ちて
ほら、古都。
もう一度お礼を言って、「それじゃあまたお店で」ってあいさつをして、あとは電話を切るだけでしょ。
《そっか……本当によかった》
「え?」
どうしようもない切なさにギュッと唇を噛み締めて俯いたとき、私にギリギリ聞こえるくらいの小さな声で、樋泉さんがひとりごとのように呟いた。
《高坂さんが俺にわざわざ電話してきてくれるくらい嬉しかったなら、俺も嬉しい》
「……え」
それはちっとも予想していなかった台詞で、思わず間の抜けた声が出てしまった。
いつも気品と余裕のある大人な"営業マン"としての樋泉さんしか見ていなかった私には、彼がチラリと見せる"それ以外"の一面に免疫がない。
樋泉さんと手をつないで駅まで歩いた夜、笑って『楽しかった』と言ってくれたときのように、わけもなく鼓動がはやくなる。
《あ、いや、その。高坂さんはお客様が新しい本と出会うことを本当に喜んでいるみたいで、いいなっていつも……じゃなくて、その、手助けができればって思ってたので》
樋泉さんの様子がなんだかおかしくて、私は俯けていた顔を上げて首を傾げた。
電話越しじゃよくわからないけれど、彼にしては珍しく慌てているみたい。