どうぞ、ここで恋に落ちて
樋泉さんを見上げ、近くにその存在を感じるだけで、自分がものすごくホッとしているのがわかる。
乃木さんはもう一期書店には来てくれないかもしれないと思っていた。
彼が本当に読書の楽しさを知る機会を、私が台無しにしてしまったかもしれないとも。
私がもっと上手く彼との距離を測れていれば、ああはならなかったかもって。
だから、乃木さんが去り際に何気なく言った『また今度』のひとことがすごく嬉しい。
「そ、そうですか。ああ、よかった」
「わっ、樋泉さん!?」
私の言葉を聞いて、どこか強張っていた樋泉さんの顔がふっと緩んだかと思うと、彼は大きく息を吐き出しながらそのままガクンとしゃがみ込んでしまった。
具合でも悪くなったのかな!?
慌てて隣にしゃがんで樋泉さんの表情を覗き込む。
すると樋泉さんは少し鬱陶しそうにネクタイを緩めながらも、彼のメガネの奥のアーモンド型の瞳は優しい弧を描き、私を見つけて困ったように笑った。
「あのとき、彼がお客様だとは知らずにあんなふうに振舞ってしまったから……。そのせいで高坂さんに何か迷惑がかかってしまったらどうしようと思って」
私は驚いて目を丸くする。