どうぞ、ここで恋に落ちて
「それで、走って来てくれたんですか?」
まさかと思いながら、信じられない気持ちで呟く。
いつも気品と色気の漂う大人な樋泉さんが、そんなことを気に掛けて、髪を乱し息を弾ませながら駆けつけてくれた。
「迷惑だなんて、そんなこと……」
あるわけないのに。
誰にも注目されなかった海外ロマンス小説を多く手にとってもらえるようになったことも、乃木さんと一期書店の縁が途切れずにいられそうなことも。
全部、全部、樋泉さんがいてくれたから。
お礼を言わなくちゃいけないことがたくさんあるのにどんな言葉で伝えていいのかわからなくて、なんだか泣きそうな気分になりながらフルフルと首を振った。
どうして樋泉さんは、こんなにも素敵なんだろう。
こんなの、好きになるなって言う方が無茶でしょう?
声にならない想いでいっぱいな私を見て、樋泉さんが形のいい唇をいたずらっぽく歪めて囁く。
「俺はあのときてっきり、高坂さんが悪いオトコに誑かされて浮気相手にされてたのかもって勘違いして。勝手に思い込んで心配して叩かれて恋人のフリまでして、まったく余計なことしちゃったよね」