どうぞ、ここで恋に落ちて
「どうぞ」
「え?」
私は目の前にある左手をポカンと見つめて、頭の上にはてなマークを浮かべる。
えっと、これってもしかして……。
「迷惑でなければ、家まで送ります」
勢いよく顔を上げて、彼の真意を探るように、メガネの奥のアーモンド型の瞳を覗き込む。
これって、立場は反対だけど、ふたりで手をつないで駅まで歩いた夜と同じ状況だ。
違うのは、彼がいつも通り細身の銀色フレームのメガネをかけていることと、しっかりと目を合わせてまっすぐに私を見てくれること。
『家まで送ります』だなんて、どうしてそんなにさらりと言えちゃうんだろう。
私はこんなにドキドキするのに。
「高坂さん?」
優しく微笑む黒い瞳をしばらく唖然と見上げていると、樋泉さんに名前を呼ばれてハッとした。
「えっと、あの……」
どうしていいのかわからなくて目を泳がせる。
樋泉さんは私にとってただ尊敬しているだけの相手だと思っていた頃なら、お気楽にこの手を掴んで立ち上がり、家まで送ってもらうこともできたかもしれない。