どうぞ、ここで恋に落ちて
だけど今は、彼を好きになってしまっているとわかってる。
それにたぶん、樋泉さんには千春子さんっていう超美人な恋人がいるんだし……。
紳士的な樋泉さんにとっては誰にでも向けるただの親切かもしれないけど、私はこの夜をきっと忘れられなくなる。
そんなのは、嬉しいけれど悲しい。
私の迷いが顔に出ていたのか、樋泉さんは精悍な眉をハの字にして困ったように笑う。
「高坂さんに駅まで送ってもらった、あの日のお礼をさせて欲しいんだ。ダメかな?」
私はその言葉に呪文をかけられたように、樋泉さんを見上げたまま思わず首を横に振った。
ついさっきまで断らなきゃって思ってたのに。
お礼をしなくちゃいけないのは私の方なのに。
『ダメかな?』なんて言われたら、そんなの、突き返せない。
だって好きなんだもん。
これ以上、どうしようもないほどに彼を好きになってしまったら困るのは自分だとわかってはいるけど、差し出された手を払いのけるなんてことはとてもできない。
私の心と理性は笑っちゃうほど樋泉さんの思い通りで、うるさいほどの胸のドキドキに泣きたくなりながら、彼の大きな左手にゆっくりと自分の右手を重ねた。