どうぞ、ここで恋に落ちて
「そ、そうですか……」
私も何度か粘ったけれど、ここまでさっぱり断られたらそれ以上強引にはなれなかった。
別に落ち込むことではないはずなのに、私にも何か樋泉さんが喜んでくれるようなことをできるかもしれないと思っていたから、思わずシュンとしてしまう。
仕方ないから、ふつーに、今度会ったときに美味しいお菓子でも用意しておこうかな……。
「あ、それなら」
私が下を向いてこっそりいじけ始めたとき、樋泉さんがハッと何かを思いついたように声を弾ませた。
顔を上げると、柔らかな街灯が彼の端正な顔に陰影をつけ、その光に照らされていつもより一層優しくどこか照れくさそうに笑う樋泉さんが私を見下ろしていた。
そんなキュートな彼に見惚れていると、樋泉さんは絶妙な角度で首を傾げて私を誘惑する。
「敵情視察をしませんか?」
「へ?」
えーっと、敵情視察って……?
どこかの出版社にスパイしに行ってこい、とか?
ぽかんとする私に、樋泉さんがキラキラした目で楽しそうに語りかける。
「この辺りの書店を巡ってみるんです。俺にとっては担当先の様子見になるし、高坂さんにとってもいろいろ参考になるんじゃないかな。来月のコーナーイベントの企画のためにも」