どうぞ、ここで恋に落ちて

ミエル文庫は樋泉さんの勤める栄樹社が刊行している大人女子向けの恋愛小説レーベルで、創刊以来着実に人気を集めている。


「来月は今大人気のやよいはる先生の新作も発売されるし、それに合わせて過去の作品も並べようと思うんです」

「ありがとうございます。嬉しいです」


樋泉さんは少し顔を寄せて、声を弾ませながら囁くように言った。

近くにお客様がいたから、迷惑にならないように声を潜めただけなのはわかっているけど、耳元で聞く少し掠れた甘い声にドキドキせずにはいられない。


ほんとに、樋泉さんって反則級にかっこいい。

その上優しくて紳士的で頼り甲斐があって、しかも気品も色気もあるイケメンなんて、今目の前にいなければ幻の存在だとしか思えない。

これはいつものことだけど、樋泉さんが店へやって来ると彼に圧倒されちゃって、ついぽかーんと口を開けて見つめてしまいそうになる。


私は樋泉さんの発する引力に引っ張られないように、頭をブンブンと振って無理やり目を逸らした。


「うちの書店、ミエル文庫はすごく良く売れるんですよ。あの、もちろん人気だからですけど。でも、少し文章の硬い海外ロマンス小説とかになると全然で……」


ミエル文庫は大人の女性に向けたいろいろな恋愛小説を取り揃えていて、外国を舞台にしたヒストリカルロマンスも人気のジャンルだ。
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