どうぞ、ここで恋に落ちて
正直……す、すごく行きたい!
樋泉さんと一緒に一期書店以外の本屋を訪れる機会なんて貴重だし、きっと彼なりの視点からたくさんのことを教われると思う。
来月担当することになっている企画のためにも、勉強になることがあるかもしれないし。
少し前までの私なら、飛び上がって喜ぶだろう。
だけど、今は……。
「あの、でも……えーっと」
樋泉さんとふたりで出掛けられるお誘いを喜ぶ反面、どうしても心に引っかかることがある。
私が言い淀むと、敵情視察をするという計画に考えを巡らせていた樋泉さんはハッとして困ったように眉を下げた。
「あ、すみません。その……都合が悪いですか?」
彼はきっと『お礼をしたい』と言う私のためにこの提案をしてくれて、しかも私の企画の参考になるようにって書店巡りに誘ってくれているんだ。
でも、たとえこれが樋泉さんにとっては営業活動の一環だとしても、私の方ではそう簡単には割り切れない。
どうしても瞼にちらつく影がある。
彼には恋人がいるのかもしれないということを承知して、頭のどこかで気にしたまま、好きな人とふたりきりで出掛けるほどの勇気はなかった。