どうぞ、ここで恋に落ちて
「いえ、都合が悪いというわけじゃ、ないんですけど……」
本当はすごく行きたいのに断らなきゃいけないなんて、彼に何と伝えたらいいのかわからなくて、もごもごと口の中で言葉を持て余す。
だってまさか、『私はあなたのことが好きなので、恋人がいるならやめたほうがいいと思います』とは言えないし。
「……そうですか。それじゃあ、この話はまた今度の機会ということで」
すると樋泉さんは苦い笑みを浮かべながらフッと目を逸らしてしまった。
つまり、『この話はなかったことに』って意味だ。
ああ、私のバカ! 最低!
樋泉さんは私のためを思ってこの提案をしてくれたのに、身勝手な理由で断って、彼にこんな顔させるなんて。
決して樋泉さんと出掛けるのが嫌なわけじゃないって、何とかして伝えたくて、私は慌てて口を開く。
「あっ、あの、違くて! 樋泉さんは、その、彼女は……嫌っていうか、えっと……」
「彼女?」
困ったような表情で俯いていた樋泉さんが、片方の眉を怪訝そうに持ち上げて私を見返す。
私は観念して、柔らかな月明かりを受け止める彼に頷き、足を止めた。