どうぞ、ここで恋に落ちて
「あっ、いや、そうじゃなくて」
居たたまれなくなってつい謝ると、樋泉さんはパッとこちらを振り返り、少し恥ずかしそうに視線を泳がせながら黒い髪をくしゃっと乱した。
なんだか私たち、さっきから交互に慌てたりシュンとしたり、側からみたらきっと笑っちゃうくらいぎこちないんだろうな。
彼女は……プリマヴェーラで見た樋泉さんと千春子さんは、お互い大人っぽくて落ち着いていて、すごくお似合いだったのに。
今思い返しても、いつもエレガントでセクシーな樋泉さんには、やっぱりあの人がぴったりだ。
そう思いながらゆっくりと視線を上げる。
目が合うと、樋泉さんはほんのちょっとズレたメガネを右手で直して、意を決したように口を開いた。
「高坂さんは、ミエル文庫の『すずか』って作家はご存知ですか? うちでは、やよいはる先生と並ぶ人気作家なんですけど」
「もちろん、知ってます」
唐突な話題に内心首を傾げながらも、私はこくりと頷く。
乙女心をキュンとさせるかっこいいヒーローと、女子なら一度は憧れるようなロマンチックなストーリーが人気のやよいはる先生に対して、すずか先生は大人女子の共感を得るリアルな恋愛小説が人気の作家さんだ。