どうぞ、ここで恋に落ちて
やよいはる先生は前作がアニメ化されるほど派手にヒットした今大注目の作家だけど、すずか先生はミエル文庫の創刊時から安定して根強い支持を得ている方。
私も当然、すずか先生の作品をいくつか読んだことがある。
歩道に立ち止まる私たち以外に周りには誰もいないけれど、樋泉さんは少し腰を屈めると、内緒話をするように低い声で囁いた。
「実はあの夜一緒にいたのは、そのすずか先生で」
「ええ! あの人が、あのすずか先生だったんですか!?」
うそーっ!
サインしてもらえばよかったー!
いくら書店員といえども、あんな大人気な作家さんにそう頻繁に会えるわけではない。
せっかくの機会を逃してしまっていたことにガーンとショックを受ける私の反応に、樋泉さんが小さく微笑む。
そうなんだ……リアルで大人な恋愛を書く作家さんだとは思っていたけど、ご本人もあんなに綺麗でセクシーで素敵な人なんだ。
樋泉さんは、あんな人とお仕事をしているんだ。
「あ、でも確か、『千春子さん』って……」
メガネを取り上げられて慌てて照れていた樋泉さんが、すずか先生のことを確かにそう呼んだのを覚えている。