どうぞ、ここで恋に落ちて
月の光を背にしているせいでその気品のある顔立ちには影が落ち、あまりはっきりとはわからないけれど、なんだかちょっと……。
ムッとしているようにも見えた。
「それは、高坂さんに誤解されると困る」
「え……?」
私の胸は、彼の真意を理解する前から条件反射のようにキュンッと跳ね上がる。
「えっと、この道はまだまっすぐですか?」
私が目を丸くすると、樋泉さんはすぐに視線を逸らして今度こそ前に向かって歩き出した。
私はポカンとマヌケに口を開けたまま、何度となく見てきたその背中に視線が釘付けになる。
『高坂さんに誤解されると困る』って……。
大した意味はないとわかっているのに、まるで呪文にかけられたように身体が固まり、一歩も動き出せない。
だけど、つまり、すずか先生は樋泉さんの恋人ではないんだ。
少なくとも、今は。
『樋泉さんの彼女になれるとは思ってない』なんて言いながらも、その事実は素直に私を喜ばせる。
私の好きな人に恋人はいなくて、その彼が"敵情視察"なんて名目だけど一緒に出掛けることを提案してくれている。
そして私はそれを……。
「あのっ、土曜日なら!」