どうぞ、ここで恋に落ちて
やっぱり、もうちょっと落ち着いた色の服にしたほうがいいかな。
私にとってはカジュアルだけど品のあるワンピースを選んだつもりでも、樋泉さんと並んだら子どもっぽく見えるかもしれない。
でも今から服を選び直す時間はないだろうし……。
これはデートではないのだからあまり気合いの入りすぎた格好もよくないと思うけど、とは言え好きな人にはほんの少しでも可愛いと思ってもらいたい。
「ああ、難しいよぉ……」
私は鏡の中の自分と睨めっこするのをやめにして、部屋の隅にあるベッドにポスンッと腰を下ろした。
肩の上でボブの毛先がふわふわと揺れる。
樋泉さんとの約束の時間まではあと1時間くらいあるけれど、家にいてもソワソワするだけだし、少し早めに出ようかな。
そんなことを考えながら、枕元に置いてあった本に手を伸ばす。
もう何度も読んで角の丸くなったそれを膝の上に置き、日に焼けた表紙をそっと撫でた。
高校生のときにお小遣いで買った、新訳版『砂糖とスパイス』の文庫本だ。
春名さんの旧訳本が手に入らないことを知って、残念に思いながらも幾度となく読み返した。
この本はずっと、私にとっては読書を好きになったきっかけの一冊だった。