どうぞ、ここで恋に落ちて
向かい側に座る樋泉さんを小さく覗き込むように問うと、彼はパチリと形のいい目を丸くする。
「あ、えっと、それは……」
視線を泳がす樋泉さんは少しだけ表情を強張らせて、緊張したようにピンと背筋を伸ばした。
つられて私がもぞもぞと居住まいを正すと、思いつめたように神妙に切り出す。
「実は、あれは伊達メガネなんです」
「えっ! そ、そうなんですか?」
あのメガネ、度は入ってないの?
樋泉さんと知り合ってから1年の間、そんなことちっとも気がつかなかった。
私が驚いた声を上げると、彼はまるであらかじめ決められていたセリフをなぞるように、一息に話し始める。
「視力は悪くないんですけど、基本的に出勤するときはいつもメガネをかけるようにしています。理由はいくつかあって、営業先の書店さんで少しでも印象深く覚えてもらえるようにっていうのと、自分の中でのオンとオフの切り替えっていうか……もともと編集部への配属を希望していて、自分は営業向きじゃないと思っていたので」
そ、そうなんだ。
確かに私も、あのブロウフレームのメガネが樋泉さんのトレードマークのように思っていたかも。
私はポカンと口を開けたまま、樋泉さんの早口の説明にしっかりと耳を傾ける。