どうぞ、ここで恋に落ちて
目の前に置かれたカボチャのクリームポタージュからふわりといい香りが漂ってくる。
ほら、古都。
樋泉さんだってきっと言いにくかったんだろうし、気にしてる素振りなんて見せちゃダメ。
たぶん彼も本当は視力が良くてメガネが伊達なんだってことを私に伝えるまでに、いろいろ悩んだのだろうと思う。
私に合わせてわざわざ黙って駅まで一緒に歩いてくれて、だけど本当のことを言うべきなのか迷ったりして……。
「スープ、おいしそうですね」
だからこれ以上彼に気を遣わせてしまうことのないように、沈む気持ちを無視して、むりやりニカッと笑ってスプーンに手を伸ばした。
だけど正面に座る樋泉さんからは、少しも動く気配が感じられない。
不思議に思って顔を上げると、彼が小さく声を落とす。
「それから」
さっきまでと同じようにピンと背筋を伸ばして座る樋泉さんは、どこか緊張した面持ちでまっすぐに私を見つめていた。
「樋泉さん……?」
サラサラした黒髪の間から覗く形のいい両耳がわずかに赤く火照っていて、私は思わず吸い寄せられ、視線を奪われる。
「それからもうひとつ、理由があって」
"理由"って、伊達メガネをしている理由の続き?
私がパチパチと瞬きをしながら先を促すように頷くと、樋泉さんは一旦息を吐き、今度は慎重に言葉を選んでゆっくりと話し始めた。