どうぞ、ここで恋に落ちて
「普段こんなにじっくり本屋さんをまわることってあまりないから、すごく楽しいです」
4軒目の書店を出た後で彼を見上げてそう言うと、樋泉さんの端正な顔が嬉しそうにふにゃりと崩れた。
「高坂さん、疲れてない? もしよかったら、もう一軒だけ案内したいところがあるんだ」
「大丈夫ですよ。ぜひお願いします」
自然に歩調を合わせてくれる樋泉さんと並んで歩きながら、もう少しだけこんな時間が続いてくれればいいのにと願う。
樋泉さんの弱点を知った後ですら、なんだか無防備で特別な彼を独り占めにしているみたいで、もっともっと彼に近付きたい。
それが叶わないことだと知っていても。
今だけは、すずか先生も知らない樋泉さんを、私がこうして見つめていられる。
樋泉さんが最後に私を連れて来てくれたのは、春町駅からは二駅ぶん離れたところにある小さな老舗の本屋さんだった。
個人経営のお店のようで、上の階が自宅になっているみたい。
ガラガラと音を立てて引き戸を開けると、冷んやりした空気が肌を撫でる。
「わあ……」
これまでまわった書店とは一味違った雰囲気に、私は首を大きく巡らせて息を吐いた。