どうぞ、ここで恋に落ちて
樋泉さんが何か言いかけたとき、しんと静かだった店の奥の方からガタガタと階段を転げ落ちるような音がした。
驚いて振り向くと、のそのそと足音がして、簡素なレジのさらに奥にある扉が開き、男の人が顔を出す。
「イテテ……ああ、なんだ、誰かと思ったら洋太か。慌てて出てきて損した」
樋泉さんと同年代くらいだろうか。
よく言えばふわふわの、見たままを言えば寝癖で爆発したような髪をした彼は、私の後ろに立つ樋泉さんを見つけると、親しみを込めた口調でわざとらしく唇を尖らせた。
「基(もとい)、また店番サボってたな」
「親父に言うなよ。告げ口したらお前も道連れにしてやる」
二ヒヒと笑って白い歯を見せる彼は、裸足の足をつっかけに引っ掛けて店に出てくると、慣れた様子で狭い店内をすいすいと歩きながら私に目を留める。
ボサボサした髪は濃い焦げ茶色の鳥の巣のようで、気品のある樋泉さんと比べるとTシャツに短パンの彼はどことなくだらしない雰囲気だけど、くるんと丸い瞳やスッと通った鼻筋には愛嬌があって、よく見れば整った顔立ちをしていた。
「栄樹社の人? それとも作家さん?」
それが私に向けられた言葉だと気付くと、私は首を横に振って、ぺこりと小さく頭を下げる。
「はじめまして。一期書店の高坂といいます」