どうぞ、ここで恋に落ちて
樋泉さんに"基"と呼ばれる男性は、納得しつつもなんだかつまらなさそうな様子でこくんと頷いた。
「ああ、春町駅の近くにある本屋の。洋太が珍しく女の子連れて来たと思ったらやっぱり仕事繋がりか」
うう、それってどういう意味だろう。
基さんは、樋泉さんがすごく恋愛下手らしいって知ってるのかな。
それとも、私じゃとてもデートの相手には見えなかったとか?
基さんは樋泉さんにはすごく人懐こい表情で接していたけど、私が名乗った途端、新しいおもちゃから興味を失ってしまった子どものようにプイッとそっぽを向いた。
「まあ、ゆっくりしてってよ」
そう言ってあくびを噛み殺しながらガシガシと髪を乱し、また店の奥に戻ろうとする。
接客態度はまるでなってないけど、それもこのお店の雰囲気ならなんとなく許される気がするから不思議だ。
どうしていいかわからなくなって後ろを振り返ると、なぜか拗ねたような表情をしている樋泉さんとパチリと目が合った。
すると樋泉さんはシャープな頬に苦笑を浮かべてふっと肩をすくめる。
「そいつ、基は俺の大学の同級生なんだ。お父さんがこのお店の経営者で、ここの雰囲気が好きでよく入り浸ってた」