軍平記〜その男、村政〜
村政と言う男は、生まれながらにして最強であった。
資質云々ではなく、本能が極めて純粋なのだ。
戦いや争いに於いて、どの様に繰り抜け、勝ち残るのかが瞬時に判断できる。
それに相まった体力や肉体が自然に構築されていく。
奇有な体質である。
彼岸花の郷には百年に一度このような純粋な人間が生まれる。
郷の子供は生まれたときに森の深くに一度捨てられる。
3日の後、生きていれば郷で育てられる。
大概の場合、両親が隠れ動物や雨風から守る。暗黙の習慣がある。
しかし、彼岸花の郷の長の家ともなれば、形だけでは済まされない。
実際に森の深くに捨て、そのままにされる。
村政も勿論捨てられた。
3日後、森に村政はいなかった。
長達は諦めた。
だが一月もたった頃、たまたま森に入った郷の人間が、村政を発見した。
それも狼の巣に。
狼の乳を飲み、狼に可愛がられていた。
その後、その狼は村政をくわえて長の家まで連れてきた。
狼は家に居付き、幼少の村政によく従った。
村政も友達のように狼と遊んだ。
未だ言葉も話せず、這い回る小さい子供にもかかわらず。
やがて成長した村政は、彼岸花の郷に伝わる暗殺の奥義を学び始める。
暗殺の帝王学である。
七本国屈指の暗殺の奥義は苛烈であった。
語学、算術、気象、天文、易学、医術、化学の学問を修め、独特の体術に刀、槍、弓、火気砲術、相伝の基礎を体に染み込ませる。
小さい頃から何度も何度も。
郷の人間との交流も重要であった。
七つになる頃にはこの全ての基礎が、村政に染み込んでいた。
彼岸花の独特な戦闘技術は実戦により発揮される。
相手の武器を奪い、どんなものでも得物として使う。
決められた型は無い。
臨機応変に感じて戦う。
それが彼岸花の暗殺の奥義であった。
彼岸花の郷に於いて、郷を率いる一族は代々男子と決まっている。
人間を刀の如く鍛え上げる。
長は良く出来た人間に村政と名付けた。
人間自体が刃物のように鍛え上げられた武器なのだ。
それが村政である。
七つの少年二人と生まれたばかりの女の子は、壊滅した彼岸花の郷を後にし、青葉国南部の山の中で生活した。
りょうが三歳になった頃、伊達家の菩提寺の僧侶の手引きによって、松代国へ逃げ延びた。
地外のならず者が転がり込む、けやき長屋で、十歳の総司と村政と三歳のりょうは、住み着く。
総司は博学であると同時に、人徳者である。
幼い頃から武術に長け、国内屈指の剣術指南を師に持ち、七つにして免状を授かっている。
二十四歳になる今まで、私塾を開き、子供達に学問や剣術を教えていた。
りょうは良く兄に従い、尽くした。
子供達の面倒を良く見て、自らが食べられなくても分け与えた。
そんなりょうに周りの男達は色めき立った。
求婚を迫る者、手込めにしようと押し入る者、その全てをりょうは丁寧に断っていた。
余りの暴徒は総司が容赦無くうち据えた。
村政は早くから長屋を抜け出し、流浪の民と深く交わって生活をした。
様々な情報を集め、仕事をし、稼いだ金は長屋に送った。
たまに長屋に顔を出す村政に、りょうはときめいた。
幼い頃から苦も楽も共に味わった兄弟同然の仲だが、りょうには特別な感情があった。
それが恋心だと、りょうはまだ気づいていない。