軍平記〜その男、村政〜
全力浪人。
「あんた、いつになったら酒代払うの?」
中年の肉付きの良い酒屋の女主人が問い詰める。
「半年間、溜まりにたまったこの酒代もいい加減払わなきゃ、いくら安酒が売りのこの店だって潰れるより仕方無くなっちまうよ!」
捲し立てる女主人には目もくれず、へらへら笑いながら酒を煽る当の男。
「仕方ないだろ。金なんかあるわけがねぇ。それを承知で飲ませてくれるこの酒屋が悪いんだ。」
全く理屈にもならないことをのたまう男。話にならない。
「ああ、やだやだ。大体ね、最初に店に来たときから怪しいと思ってたんだよ。
「俺はこれからこの国の戦で出世して大金を稼ぐ。間違いねぇ男だ!だから今のうちに出世払いで酒をたらふく飲ませろ!」
だなんて大真面目に言うものだから、その気になったあたしも馬鹿だけど、金を払わないあんたももっと馬鹿だよ!」
まあ、この二人は揃って馬鹿だと言うことは解るが、憎めないお人好しなのも解ると思う。
そもそもこの男、なぜ酒代を踏み倒す勢いで酒を飲み、女主人に捲し立てられているのか。
疑問だろう。
この男、浪人なのである。
半年前から全力で浪人なのである。
「金がありゃこんな水みてぇな酒なんぞ飲みになんか来るか。」
男は毒づく。
「ああそうかい!そんなこと言うならもう出て行きな!ほら早く早く!二度と来るんじゃないよ!この貧乏神!」
女主人に張り倒され、蹴飛ばされ店から追い出される。
全くの体たらくだが、男はへらへら笑う。
「なんだよこのやろう。二度と来てやるもんか。」
力なく立ち上がり、汚れた着物を叩く。
こんなやり取りをもう半年も繰り返している。
この男、仕官活動をするも、いつも面接で落とされる始末。
理由はこのへらへらした面構えが、不興を買うためだった。
「へっ。全く情けねぇ様だ。」
全力浪人のこの男。
名は村政(むらまさ)と言う。