軍平記〜その男、村政〜
暗闇に立つ一人の影。
月明かりに照らされて障子に写る影。
片手に刀を持ち、部屋の中へ入る。
「十年で随分老いたな。おい、貴場よ。起きろ。」
影は貴場の枕元に立つ。
はっとして、目を見開く貴場藤十郎。
「くっ!誰か居らぬか!!」
しかし、何の反応も無い。
「無駄だ。表の奴等は皆殺した。」
「な、何だと!!」
貴場は慌てて起き上がる。
刀を手にして、壁を背に立つ。
だんだん、貴場の目が慣れる。
「き、貴様は!!」
月明かりに照らされた影から浮かび上がってきたのは、伊達総司だった。
「あの日から一度たりとも貴様の顔を忘れた事は無い。」
「亡き父の怨み、我が一族の怨み、貴様を倒す事が全てだった。」
総司は続ける。
「俺に残されたのは一振りの刀だった。」
「その刀は、俺の悲しみ、憎しみ、怨み、全てを受け止め、我等は兄弟になった。」
「その刀が生まれた場所。そう、貴様が葬った彼岸花の郷の屍の前で。」
総司は淡々と続ける。
「今回の戦を仕掛けたのは俺だ、貴場。」
「そして、戦場で青葉軍を葬ったのは、俺の分身であり、刀であり、兄弟である村政だ。」
「伊達家再興の思いが強かったが、今そんな事はどうでも良い。興味も無い。」
「貴場、お前さえ殺せればな。」
総司は言い放った。
怒鳴る貴場。
「くっ!バカな!見つける事も出来なかった貴様たちが、今回の戦に関与し、しかも青葉軍を壊滅させただと!」
「信じられるかそんな事!」
貴場は刀を抜く。
「ちょうど良い!ここで完全に貴様等の血を絶えさせてくれる!」
斬りかかる貴場。
難なく交わす総司。
交わした体で貴場の腕を切り捨てる。
「うがぁっ!!」
叫ぶ貴場。
「慌てるな貴場。貴様などいつでも殺せる。」
うずくまる貴場。切断された腕からはドクドクと血が流れている。
「一つ気になることがあるのだ。極衆は何処へ行った?」
総司は貴場に尋ねる。
「当初は赤城国と大蝦夷国と、松代国へ向かわせたのかと思っていたが。」
「どうやら違うらしいな。」
総司は貴場に詰め寄り、締め上げる。
「言わぬか!!貴場!極衆を何処へ飛ばした!」
「くっくっ・・・。だ、誰が言うか・・・。」
「そうか、ならばこれでも食らえ。」
目を一文字に斬る。
「うぎゃあぁぁっ!!」
のた打ち回る貴場。
「なあ、貴場よ。もう一度聞く、極衆は何処へ行ったんだ。」
たまらず貴場は口を開ける。
「羽黒だ!羽黒陰陽に会いに行かせた!!」
「な、何だと。」
総司は驚く。
「羽黒陰陽衆とは何百年も前に潰えた邪宗門徒ではないか?」
「くくくっ、今回の戦でかなりの兵力が失われたからな。わ、我が国の更なる増強のため禁忌を侵したのだ!」
貴場は苦しそうに言う。
「禁忌だと!まさかあの悪鬼を復活させようと言うのか!」
「未だに霊力が衰えず、近づく者の精力を吸い尽くし、脈々と生き続けると言う悪鬼。」
総司は言う。
「羽黒陰陽衆の全ての精力を吸い尽くして、もう羽黒衆も、悪鬼も潰えた筈ではないか。」
貴場は、痛みに耐えながら言う。
「そうだ。羽黒陰陽衆は絶えていなかった。内密に誰にも知られず、今まで復活の儀式を行っていたのだ。」
「間も無くだ。間も無くふっ・・・。」
総司の刀が貴場藤十郎の首を飛ばす。
ブシュッ!
血が吹き出した。
本懐である貴場藤十郎を切った。
しかし、総司の顔は晴れない。
「まさか、悪鬼マサムネを復活させようとしていたとは。」
総司は呟く。
「すぐに羽黒へ向かわなければ。仮にあの悪鬼が復活した場合、国々が滅びるかも知れん。」
仙台城を後にする総司。
貴場を倒した喜びに浸れないほど、事態は切迫していた。
翌朝、仙台城は大混乱に陥った。
総司と村政は羽黒へ向かった。