軍平記〜その男、村政〜
「ふんっ!!」
渾身の力を込めてマサムネの足を狙う村政。
マサムネの気を纏った拳は地面に突き刺さり、辺りは陥没し、木々が燃え弾け飛んだ。
間一髪直撃をかわした村政は、爆風と共に飛ばされた。
マサムネは立ち上がり、辺りを見渡した。
−そこか。今度は逃がさぬ。−
マサムネが村政目掛け突進してくる。
「てやぁっ!!」
不意に、マサムネ目掛け総司が斬りかかった。
渾身の斬撃を放つ。
しかし、マサムネは右手で一撃を防ぎ、左手で総司の首を掴む。
−ネズミが。まだ居たか。−
刀を折り、総司の腹部に一撃を喰らわす。
「ぐはっ!!」
総司の顔をマジマジと見つめるマサムネ。
−ん?貴様の顔、何処かで見た覚えがあるぞ。−
息も絶え絶えに総司は口を開く。
「ふ、ふふ俺は貴様など知らん。ずいぶん前のじい様が、お前と戦った事が在るらしいがな。」
−じい様?戦った?まさか・・・。伊達か。伊達夏円の事か?−
「そ、そうだ、俺は伊達総司。開祖のじい様から数えて十四代目の伊達の跡取りだ。」
総司には、マサムネが驚いたように見えた。
−ほう、懐かしいぞ。伊達によりわしは倒され・・・。それから・・・。う、うぐぐうがあっ!!−
マサムネが総司を放す。
突如苦しみ出すマサムネ。
うがぁぁぁ!!
のた打ち回る。
−我は、我は、何故死なずここに居る!何故呪いによって生かされた!ああ、思い出せぬ!何も思い出せぬ!!頭が、頭が痛む!ぐあああっ!!−
マサムネは混乱に陥っていた。
手を離された総司は、村政の元へ駆け出した。
爆風で飛んだ村政を見つけて声を掛ける。
「村政!大丈夫か!」
村政は答えない。
まさか、死んではいまい。総司は村政の胸に耳を置く。
心臓は動いている。
「しっかりしろ村政!!」
村政の頬を叩く。
村政は気が付いた。
「わ、若。と、とんだ失態を・・・。」
「大人しくしていろ。喋らなくても良い。ひとまず、羽黒から抜け出すぞ。」
総司は村政の肩を抱き、起き上がらせながら言った。
「幸い奴は突然苦しみだした。今を逃せば逃げる期を逸してしまう。」
総司は村政を立たせ、その場から逃げ出し始めた。
「このまま川に飛び込み、一気に下流の村まで逃げるぞ。行けるか!?」
「は、はい。なんとか・・・。」
村政は苦痛に顔を歪めて答える。
マサムネは尚も頭を抱えて、のた打ち回っていた。
二人はその姿を見て、一気に山を転がり、下り、そのまま川へ飛び込んだ。
ざぱん!!
流木にしがみつき、流されるまま下流へと向かった。
どれ程時間が経過したか。
夜が明け、日が昇り、温かな光が辺りを包んでいた。
二人は川岸に打ち上げられていた。
どうやら助かったらしい。
「う、ううっ。」
総司が起きる。
腹部を打たれ、骨に異常があると感じた。
だが、村政に近づき、揺り起こす。
「う・・・。うぐっ・・・。」
村政も眼をさます。
「こ、ここは何処でしょう。」
村政が総司に聞く。
「羽黒から流され、おそらくは酒田港の近くだろう。」
村政を起こして、力が抜け、仰向けに倒れた総司は言う。
「こ、こうしては居れません。すぐに策を練り、再び羽黒へ向かわねば・・・。」
だが、村政の体が言うことを効かない。
鋼の如く鍛え上げた体も、あの悪鬼の前では、普通の人間と変わらなかった。
総司は言う。
「マサムネ。あやつは恐ろしく強い。我等二人でも、こうもあっさりやられるとは。」
二人に策は無い。
純粋な力比べでは、あの悪鬼には到底敵わないであろう。
「私が油断しておりました。次こそは必ず仕留めます。」
村政は総司にいう。
「ううむ・・・。」
それきり総司は黙ってしまった。
「きゃっ!!」
ふと女の声が聞こえた。
どうやら、近くに住む郷の人間のようだった。
「あ、あの、お二人とも大丈夫ですか?」
二人に声を掛けた女は、年の頃十七、八でりょうと同じくらいの娘だった。
優しげな雰囲気で、日に焼けた肌と割と童顔な顔立ちは端正で、髪は短く、背は低く、健康そうな娘だった。
この娘、名を本間たえ(ほんまたえ)という。