軍平記〜その男、村政〜



たえは二人を家まで連れて行く事にした。

「お二人とも、大丈夫ですか?もうすぐ家です。」


満身創痍の二人の肩を抱き、本間の家まで連れてきた。


「父上!父上!大変でございます。」
たえは父親を呼ぶ。



ここ酒田港の豪商本間家は海上貿易で財を成した一族である。

酒田一円を実質支配している家柄である。

現当主は本間市郎(ほんまいちろう)と言う。
その長女が本間たえだ。

「父上、川にお二人が流れ着いておりました。おそらく羽黒から下って来たのだと思われます。」
話を聞いた市郎。
「よし、早く座敷にお通しせよ。しかし、何故あの禁忌の地羽黒に居たのか。」

訝しげに首を傾げる。


二人は本間家の座敷に通され、布団で眠った。

泥のように眠った。



ちりり〜ん。
風鈴が鳴る。


どれ程眠っただろう。

村政が眼を覚ました。
「うっ。」
体が痛む。

腹に包帯が巻かれている。止血され、固定されていた。


「お目覚めになりましたね。」
たえが村政に声を掛ける。

「はぁ、ここは?」

「はい。酒田本間宅です。私は本間たえと申します。」

たえが村政に挨拶する。

「やや、これは失礼致しました。あなたが我々をここまで連れて来てくださったんですか?」

「ええ。お怪我をなさっていたようでしたので 。」

「いやはや、ありがとうございます。助かりました。」

「私は村政と申します。で、眠っているのが兄の総司と申します。」


村政も挨拶する。

「お加減はどうですか?」

「ええ。お陰様で大分良いです。」


すると、総司も眼を覚ました。

「・・・。こ、ここは?」

総司はうつつから覚めやらぬまま、起き上がった。

「若、酒田の本間邸だそうですよ。それで、こちらは本間たえ殿です。」
村政が紹介した。


「これはかたじけない。拙者は伊達総司と申します。この介抱は、たえ殿が?」

「ええ。不慣れでして、かえって障ってしまったのではないかと、心配でした。」

「いえいえ、大分回復致しました。ありがとうございます。」


三日間、眠り続けた二人。
その後、三人は少しの間語り合った。



村政は驚異的な回復力を持っている。
何もせずに休んでいれば、大概の傷はすぐに癒える。

マサムネの強烈な一撃は村政の左腕を砕いた。
そして腹部に落下してきた蹴りをまともに受け、常人ならば内蔵が破裂し即死してしまう攻撃でも、村政は骨が折れる程度で済んだ。

しかも、休む事で体は回復しつつあった。


総司は未だ完全な回復には至っていない。


夕食の席に村政が呼ばれた。


座敷には、本間市郎が座っていた。

「これは客人。ささ、こちらへおいでください。」

市郎が言う。


村政は座敷に座る。


お互い挨拶をかわし食事を始める。


「時に村政様、なぜ羽黒なぞに行かれていたんですか?」


村政はこれまでのいきさつをかいつまんで話した。
無論、マサムネについても。


「な、なんと!そのような事があの山で行われていたのですか!」

市郎は驚愕した。

「して、そのマサムネは未だに山に居るのですね。」


「ええ。三日経ちましたが、この近辺に噂は無いようですので、未だ山に居るはずです。」


「ううむ・・・。そもそも羽黒陰陽衆が未だに存在していた事に驚いております。」


この本間市郎。
酒田港一円を縄張りとする代々の海賊でもある。
各地を船で旅する為、情報に通じ、世相にも明るい。

風貌は白髪の長髪で、口髭も白い。身の丈は二メートルほどもあり、ガッチリとした体躯。
方目は眼帯でふさぎ、彫りの深い顔を持っている。

そのような男が羽黒陰陽衆の存在を知らなかったのだ。
それ程、秘密裏に存在していたのだった。


「ううむ。青葉本国の謀反と、遡る事数百年前のマサムネの怨念。一体この国には何があったのだろうか。」

市郎はいう。

村政は市郎に聞く。

「本間様、なにかマサムネを倒せる策はございませんか?」

しばらく考え込む市郎。

「たしか、この酒田の海域に飛島という島が在ります。そこにマサムネの首を落としたと言う刀が眠っていると聞いた事があります。」


「なんと!そんな刀が残っているんですね。」


「ええ。伊達夏円公が飛島大神宮に奉納したと聞いた事があります。」


市郎が続ける。

「その刀ならあるいはマサムネを倒せるかも知れません。」



明日、飛島に向かう事を市郎は約束して、部屋へ戻った村政は総司にこの事を報告した。


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