軍平記〜その男、村政〜

「久しぶりだなぁ村政。」

蹴り出された酒屋の帰り、河原の土手を歩いていた村政を、不意に呼び止めた者がいた。


「なんだ、京極(きょうごく)じゃねぇか。」


京極と言う者は異形だ。
鉄の仮面に目の部分が空いた穴と、鼻と口の部分に八つの小さな穴。

薄汚れたマントを羽織り、マントの隙間の腰からやたらと長い柄の刀を一本差している。

バサバサの髪は腰まで延び、さながら獣のようである。


「こんな場所まで俺を追ってきたのか?暇な賞金稼ぎだな京極よ。」


へらへら笑いながら村政は言った。


「残念だよ、村政。俺はもうおめぇを追うことが出来ねぇ。」
京極は続ける。

「そうさ、ここでおめぇは死ぬんだ。」



閃光一撃。居合いの達人京極の刀が鈍く光ったかに見えた。


後方に刀が抜かれる前に引いた村政。


「あぶねえな京極。俺は丸腰だぜ。」

「とっくに刀なんぞ質流れだ。」
村政は言う。


「ふっ。さすがにすばしっこさだけは変わらねぇな。だが、次の一撃で決めてやる。」


一気に間合いを詰めて来る京極。

抜き手すら見せず、襲いかかる一撃。


しかし、京極の刀は刃だけが宙を舞った。


京極が刀を抜く瞬間に懐に飛び込み刃を折ったのだ。

まさに一瞬。

そして手刀を鉄仮面の隙間に差し込み、首を突き刺した。

凄まじい鮮血が噴き出す。血煙が村政にかかる。
「うぐっ・・・。」声にならない音が漏れ、ドゥググンと首が落ちる。


「すまねぇな、京極。俺はここで死ぬわけにはいかねぇんだよ。」


血まみれの手刀を京極のマントで拭き取り、囁いた。



一瞬、強い風が吹いた。
「熊嵐か・・・。」


村政は思い出した。遥か遠い北国では、人を喰らうような熊が死ぬ時に、強い風が吹くそうだ。


京極は居合いの達人だった。そして賞金稼ぎの暗殺者だった。
闇に葬った人間は数知れず、中には名の通った将軍や剣豪、武術家もいた。



村政は河原の土手を何事もなかったように歩き出した。

「早いところ、仕官しちまわないとなぁ・・・。」


村政は吐き捨てるように言った。


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