軍平記〜その男、村政〜
飛島に来て2日が過ぎた。
未だに巫女の体に触る事も出来ない。
裏をかかれ、殺気を弄ばれ、動きはまるで糸で操られているかのようだ。
巫女は全く何も考えて居ないように振る舞う。
次第に村政は自分の弱さと向き合い始めた。
それは深淵にある憎しみであると気付いた。
そして、マサムネに抱いた初めての恐怖。
疑わない己の強さが揺らいだ瞬間。
総司を守れなかった自分の不甲斐なさ。
巫女に仕掛け失敗する度にこれらの思いが強くなっていく。
「どうしたら良い・・・。」
村政は、巫女を追うことを止めた。
岩場に座り自分と向き合い、己の弱さと戦う事にした。
岩に座り無心になる事4日。
「村政様!!」
岩に座る村政に声を掛ける者が居た。
「酒田港にマサムネが現れ、たえ様と総司様をさらい、酒田を壊滅させ、羽黒へ二人を連れ去りました。」
眼を見開く村政。
「解った。すぐに戻ろう。」
村政は立ち上がり、巫女の前へ歩いていく。
そして頭を下げる。
「巫女様。私は己に自惚れておりました。そして自分が強いと勘違いをしていました。」
「誠に恥じ入るばかり。」
頭を下げたまま村政は続ける。
「私は憎しみの為に戦って、沢山の人を殺め、それを良しとしておりました。」
「しかし、今は誰かを守る為に戦うのだと気付きました。」
「大切な人々を守り、復讐の為に二度と戦いません。」
村政は言った。
「むふふ。よく悟った。まあ、合格じゃよ。」
巫女は言う。
「斬鉄は持つものの精神を喰らう。まして強い人間が持てば持つほど支配してしまう。」
「うぬのような軍平が斬鉄を持って抑制が効かなくなった時、そこには悲劇しか残らぬ。」
「だが、悟った今ならば斬鉄に支配される事は無いじゃろう。持って行くが良い。」
そう言うと巫女は口に手を突っ込み、ズルズルと刀を引き出した。
引き出していくと、老巫女の体が砂のようにさらさらと消えていく。
引き出し終わると、そこには斬鉄が一本突き刺さっていた。
「な、なんと。斬鉄のよりしろだったのか、あの巫女は。」
村政は斬鉄を引き抜き握る。
禍々しい程の気が溢れてくる。
その気は村政に吸い込まれるように一つになる。
村政は今までにない充実した気持ちに満たされた。
「よし、羽黒へ。若とたえ殿を助けに戻るぞ。」
迎えに来た船に乗り、酒田へ戻り、決戦の地羽黒へ向かう。
いよいよ、マサムネと決着をつける時が来た。
村政は斬鉄を片手に息を整えていた。