軍平記〜その男、村政〜
マサムネの過去とは、伊達夏円と決戦前夜。つまり、捉えられる前日の夜にあった。
明日羽黒の地で決着を付ける。
死力をつくし、全滅を覚悟し、全力で戦う。
マサムネは清々しい気分であった。
これぞ、戦人の本懐だと思っていた。
しかし、家臣の羽黒陰陽衆は戦に負けた後もマサムネに呪詛を施し、永劫の戦いを望んで準備していた。
その為に、全滅は避けたかった。陰陽衆だけでも生き延びる必要があった。
そこで、陰陽衆筆頭の貴場幻才(きばげんさい)が、気力を奪う呪いの護符を酒に溶かし、マサムネに飲ませた。
羽黒陰陽衆は二手に別け、貴場率いる一組を青葉国軍へ進入させ、残りは羽黒で呪詛を続ける事にした。
その酒を飲んだマサムネは、激しい頭痛に一晩苦しみ、翌朝、青葉軍と決戦を迎えたが、指揮も取れず、ただ捉えられ、首をはねられた。
首を北の都朝廷へ運ぶ最中、青葉軍に潜伏していた貴場幻才は、首が羽黒へ飛ぶよう呪術を施し、髪だけを朝廷へ献上したのだった。
マサムネは思い出していた。
全て仕掛けられるべくして、人ならざる者として作り上げられた自分の運命を。
村政の体に入れ替わり、人の血を巡らせた時、完全な形で記憶を取り戻したのだった。
尚も頭の痛みが治まらないマサムネ。
やがて首に筋が入り、血が吹き出した。
「そ、そうだ。貴場幻才だ!何故あやつの名を思い出せなかった・・・。」苦しみながらマサムネは言う。
「あの男に、呪詛を懸けられ、思うままに戦が出来ず、は、羽黒へ飛び陰陽衆を根絶やしにするべく向かった筈ではなかったか・・・。」
「なんとした事か・・・。ワシはそれすらを忘れ、畜生にも劣るケダモノに成っていたのか・・・。」
ゴトン!
マサムネの首が落ちる。
尚も喋り続ける。
「このような様で、生きとし活ける無害な人間を殺害し、国を滅ぼし、あまつさえ邪神として消えようなどと、ワシは思った事など無かった・・・。」
「ただ、万人が等しく生きられる自由を求め、朝廷に弓を引いた筈だったのに・・・。」
マサムネの首は落ちたまま動かない。
その目からは涙が溢れ出した。
「伊達夏円は、ワシに言った・・・。ならばお互いの正義と信じる物のために戦おうと。」
「世が世なら、我等は供に手を携えて、世の中を変えることが出来たかも知れないと・・・。」
マサムネは涙を流し、総司に言う。
そこからはあの悪鬼の様相は完全に消えていた。
総司と同じ人の顔が在るだけだった。
総司も又、涙を流していた。
「村政!!!」
総司が叫ぶ。
「御意!!!」
斬鉄が、マサムネの頭を真っ二つに切り裂いた。
首が村政に戻り、体から再び斬鉄を引き出し、マサムネの首に最期の一撃を放った。
割かれた首は、花吹雪の様にヒラヒラと消滅していく。
―これで良い。このまま眠らせてくれ。
ワシはこれで良い。長きに渡るワシの怨嗟は、ようやく終わる。
ありがとう。伊達の子孫と軍平村政よ。
そうだ、最後に、ワシからお前達に、贈り物をやろう。―
一枚の護符が空から舞い落ちてくる。
たえが眠る場所へ落ちると、護符は静かに消えた。
総司は慌てて土を退かす。
たえの胸に耳を近付けると、心音が聞こえる。
たえはゆっくりと目を開けた。
「そ、総司、様?」
総司はたえを抱き締め、大粒の涙を流した。
いつまでも、いつまでも。