軍平記〜その男、村政〜
場所は変わって、ここはけや木長屋。
食い積め浪人がわんさかいる。
生きる為に追い剥ぎ、盗み、恐喝。何でも生業にしているような危ない連中が住み着いた、掃き溜めのようなけや木長屋。
ここの長屋の真ん中辺りに、それはもう美しい娘が居た。
背はスラッと延び、胸もお椀のようにプリっと有り、着物の上からでも解るほどの大きさ。
裾から見える細くて白い足。
衿元から見える若々しいうなじ。
長い髪を後ろで一本に縛っている。
年の頃は十七、八の細面で、唇は桃色に輝いている。
掃き溜めに鶴とはまさにこの事だろう。
ならず者が巣くうけや木長屋に、こんな美しい娘が居たら、みんながみんな良からぬ事を考えそうなものだ。
事実、水桶で体を洗ってなどいようものなら、娘を手込めにしようと黒山の人だかりになる。
娘が水浴びをしている間は、この界隈から犯罪が無くなるほど、悪党達は入れあげるのだ。
しかし、誰一人として娘に近づく事が出来ない。
それは、この娘の兄が恐ろしく腕の立つ武芸者だからだ。
この兄妹。
名前は、伊達総司(だてそうし)と伊達りょうと言う。
元々は有名な武門の出であるが、戦に敗れ、一族皆殺にされたが、乳母によってこの一族の生き残りである兄妹はなんとか逃げ延びた。
それから二人はこの長屋に隠れ住み、お家の再興のために力を蓄えていたのだった。
夜、伊達の家を訪ねる者がいた。
「若、私です。」
戸を叩くのは先刻川原で京極を討ち取った村政だった。
「まぁ、この声は村政様ですわ兄上様。」
りょうの声が弾む。
「その様だな。りょう済まぬが戸を開けて来てくれ。」
「はい!」
いそいそと戸へ向かうりょう。
「これはりょう様、ご無沙汰して申し訳ございませんでした。」
「ほ、本当に。全く顔を見せては頂けませんので、わたくし達の事など、とうに忘れておしまいになられたのではと思っておりましたわ。」
拗ねたように村政に言う。だが、頬は少し赤らんでいる。
「面目次第もございません。ここの領内の仕官面接が、何としても上手く行かず、挨拶が遅れてしまいまして。」
頭を下げる村政。
「村政様程のお人が、そんな弱気な事でどうしますか。失敗しても何度でも挑戦し続けて、やがて大望が成就し・・・。」
「あら、わたくしったらついついこんな所で。どうぞお入り下さいませ。兄上様が、お待ちかねでございますね。」
頬を真っ赤にしたりょうは、白い肌に浮き上がった牡丹の花のような美しさがあった。
目礼をし、中に上がる村政の背中を、久々に再会した嬉しさを滲ませた潤んだ目で、見つめるりょうの姿があった。
食い積め浪人がわんさかいる。
生きる為に追い剥ぎ、盗み、恐喝。何でも生業にしているような危ない連中が住み着いた、掃き溜めのようなけや木長屋。
ここの長屋の真ん中辺りに、それはもう美しい娘が居た。
背はスラッと延び、胸もお椀のようにプリっと有り、着物の上からでも解るほどの大きさ。
裾から見える細くて白い足。
衿元から見える若々しいうなじ。
長い髪を後ろで一本に縛っている。
年の頃は十七、八の細面で、唇は桃色に輝いている。
掃き溜めに鶴とはまさにこの事だろう。
ならず者が巣くうけや木長屋に、こんな美しい娘が居たら、みんながみんな良からぬ事を考えそうなものだ。
事実、水桶で体を洗ってなどいようものなら、娘を手込めにしようと黒山の人だかりになる。
娘が水浴びをしている間は、この界隈から犯罪が無くなるほど、悪党達は入れあげるのだ。
しかし、誰一人として娘に近づく事が出来ない。
それは、この娘の兄が恐ろしく腕の立つ武芸者だからだ。
この兄妹。
名前は、伊達総司(だてそうし)と伊達りょうと言う。
元々は有名な武門の出であるが、戦に敗れ、一族皆殺にされたが、乳母によってこの一族の生き残りである兄妹はなんとか逃げ延びた。
それから二人はこの長屋に隠れ住み、お家の再興のために力を蓄えていたのだった。
夜、伊達の家を訪ねる者がいた。
「若、私です。」
戸を叩くのは先刻川原で京極を討ち取った村政だった。
「まぁ、この声は村政様ですわ兄上様。」
りょうの声が弾む。
「その様だな。りょう済まぬが戸を開けて来てくれ。」
「はい!」
いそいそと戸へ向かうりょう。
「これはりょう様、ご無沙汰して申し訳ございませんでした。」
「ほ、本当に。全く顔を見せては頂けませんので、わたくし達の事など、とうに忘れておしまいになられたのではと思っておりましたわ。」
拗ねたように村政に言う。だが、頬は少し赤らんでいる。
「面目次第もございません。ここの領内の仕官面接が、何としても上手く行かず、挨拶が遅れてしまいまして。」
頭を下げる村政。
「村政様程のお人が、そんな弱気な事でどうしますか。失敗しても何度でも挑戦し続けて、やがて大望が成就し・・・。」
「あら、わたくしったらついついこんな所で。どうぞお入り下さいませ。兄上様が、お待ちかねでございますね。」
頬を真っ赤にしたりょうは、白い肌に浮き上がった牡丹の花のような美しさがあった。
目礼をし、中に上がる村政の背中を、久々に再会した嬉しさを滲ませた潤んだ目で、見つめるりょうの姿があった。