軍平記〜その男、村政〜
過去の因縁。
七本国の北から二番目の場所に位置する青葉国。
水が綺麗なこの国は広大な平野と海に面し、過去には北の宮と呼ばれた都があった。
交易により港は栄え、林業や特産の農作物も多く、器や家具、様々な鉄鋼文化も栄えていた。
伊達総司は、青葉国国主伊達玄蕃(だてげんば)の嫡男として生まれた。
母親は総司の誕生と共に息を引き取った。
生前、総司を授かった時、体の中に竜が入る夢を見たと言う。
この逸話は、開祖である伊達夏円(だてかえん)公と全く同じであった。
伊達家は元々北の都に仕えた家である。
軍部総無事筆頭と言う、武家において最高位にあたる家柄だ。
異変は突如起きた。
総司、七歳の時である。
家老筆頭、貴場藤十郎(きばとうじゅうろう)が反旗を翻し、伊達玄蕃が居る仙台城へ攻め込んできたのである。
戦の準備も整わない仙台城は蜂の巣をつついた大騒ぎになった。
情報は錯綜し、敵も味方も解らない状況に陥った。
火が放たれ、仙台城が燃え盛るなか、貴場藤十郎の軍が攻め入ってくる。
混乱に乗じて、次々と青葉国の要人を斬り倒していく。
ついには天守に迫る。
貴場藤十郎は伊達玄蕃と対峙する。
「殿!命もらい受ける!」
藤十郎が叫ぶ。
「まさか、こんな形で伊達家が滅ぶとは・・・。」
「お覚悟!!」
藤十郎の刀が玄蕃の首をはねる。
あまりにも呆気ない死であった。
「嫡男総司を探し出せ!必ず命を奪うのだ!」
藤十郎は部下達に指示を出す。
一方、総司は乳母とりょうと共に地下道から逃げ出していた。
「はぁはぁはぁ、いったい何が起きたんだ。」
「総司様、お早く!事情をお話ししている場合ではありません!もう、追っ手が来ます!」
「父上達は大丈夫なのか?」
乳母はなにも言わない。
「・・・。」
総司も黙った。
乳母の沈黙が全てなのだろう。
城は恐らく陥落している。
いったい何が。
誰が。
なんのために。
七歳の総司は涙を堪え、生まれたばかりのりょうの顔を見た。
泣きもせず、すやすやと眠っている。
自分がダメであっても、この腹違いの妹だけは何としても生き延びて欲しいと願った。
「総司様、もう少しです。」
城の裏堀から抜け出す。
「ここまで来れば安心です。私の遠縁の家にしばらく匿ってもらいましょう。」
乳母が言ったその時。
ビュン!
弓矢が乳母を突き刺した。
「うぐ。」
乳母が倒れた。
「そ、総司様、おりょう様を連れて、お、お早くお逃げください!」
懐に居るりょうを総司に渡す。
りょうは何も分からず、笑っている。
りょうを受け取った総司は、胸に抱き逃げた。
「すまない。恩に切る。」
前を向き逃げる。
ビュン!
またもや矢が放たれ、総司の足をかすめた。
「うぐっ。」うずくまる総司。
このままではまずい、二人とも殺されてしまう。
とっさに木に隠れた。
万事休すか・・・。
総司は死を覚悟した。
りょうは不安そうな顔すら見せず、笑っている。
余計に総司は悲しくなる。このまま殺されるのかと奥歯を噛みしめた。
「さて、若様。そろそろ死んでいただきましょうか。」
藤十郎の配下の刺客、万極(まんごく)。弓と短刀の使い手である。
いち早く総司とりょうの動向に気が付き、先回りしていたのである。
「これで私も刺客風情から士分として取り立てもらえる。なんなら家老にでも成れるかもですよ。」
ガリガリの風貌に化粧。
ギラギラとした目と長い髪の毛。
例えるならカマキリのようである。
品の無い。
総司が隠れた木に近づいてくる。
長い腕が総司の首にかかる。
「うぐぐぐっ・・・。」
吊し上げられた総司。
だが決してりょうを離さない。
「おやおや、姫様まで。こんなについているとは思っていなかったですね。」
「この分ならさぞ良い褒美が頂けそうですね。」
万極は笑う。イヤらしく笑う。
総司の意識が遠退く。これで終わりか。
顔も知らない母親の事が何故か懐かしい。
これが死を迎えると言うことなのか・・・。
その時不意に声が聞こえた。
子供の声だ。
幻聴なのか?総司は薄れていく意識の中でそれでも確かに聞いた。
「おい。助けてやろうか?」
確かに聞こえた。
総司は力一杯叫ぶ。
「助けてくれ!!!」