シンデレラに恋のカクテル・マジック
 菜々はバッグから携帯電話を取り出して一臣に渡した。

「と言っても、僕が持って入るわけにもいきませんので……車のダッシュボードに保管させるので構いませんか? 彼は車内で待機しますので」

 一臣が運転手をチラリと見て言った。

「それで大丈夫です」

 一臣は菜々の返事を聞き、彼女の携帯電話を背後に控えていた運転手の男性に手渡した。その運転手が重厚な玄関扉を開けると、中ではすでにお手伝いらしき女性が出迎えに来ていた。五十がらみの小柄な女性で、菜々と一臣に向かって丁寧に頭を下げる。

「和倉様、おはようございます」
「おはよう。吉村さん、こちらは斎城菜々さん」

 一臣が菜々を示した。菜々は緊張しながら頭を下げる。

「初めまして、斎城菜々です」
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」

 吉村が物腰も丁寧に歩き出し、菜々は一臣に続いて靴を脱ぎ、スリッパに足を入れて一段高い長い廊下を進んだ。先を進んでいた吉村が、廊下の奥にある渋い茶色の扉をノックする。

「良介様、和倉様と菜々様がお見えです」
「入りなさい」

 中から太い声が聞こえてきた。重い病気で弱り切った老人を想像していただけに、そのしっかりした声に菜々は驚いた。
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