シンデレラに恋のカクテル・マジック
 それでは遅すぎる、とでも非難するような口ぶりだが、菜々は気にせず答える。

「はい、お願いします」

 それだけ言って急いでドアを開けた。敷石のアプローチを歩いて正面玄関の鉄の門扉にたどり着くと、監視カメラに向かってぎこちなく微笑んでから、門扉を開けて外へ出た。

 冷房の効いていた屋敷から出たとたん、蒸し暑さを感じたが、祖父の影から逃れたくて、地図アプリを頼りに早足で歩き出した。十分ほどして田園調布駅に着いたときには、額がしっとりと汗ばんでいた。

「はぁ」

 振り返っても祖父の家が見えず、ようやく肩の力が抜ける。

(なんだかやましいことでもしているみたい)

 大きく息を吐き出したとき、ちょうど電車が到着した。それに乗って中目黒駅で東京メトロに乗り換え、六本木駅で降りた。駅から歩いてヤナイ・コーポレーションの入るビルに到着したときには、午前十一時を過ぎていた。

(勢いで来ちゃったけど、叔母さん、会社にいるのかな)

 取締役だから忙しいかもしれない。そう思って不安でドキドキしながらビルのエントランスに足を踏み入れた。十階にアートギャラリーが入っているため、一見して会社勤めではない人たちの姿もあり、菜々はその中に混じってエレベーターに乗り込んだ。
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