シンデレラに恋のカクテル・マジック
 二十階で下りてフロアマップを見る。この階には二社のオフィスが入っていて、ヤナイ・コーポレーション本社オフィスは左側の方だ。高級感のある茶色い廊下を進むと、〝ヤナイ・コーポレーション本社オフィス〟と書かれた銀色のプレートが見えてきた。その横の自動ドアの前に立ち、緊張しながらボタンにタッチする。磨りガラスのドアが静かに開いて、受付デスクの向こうにいる三十代前半くらいの女性が、にこやかに微笑んだ。

「おはようございます」
「お、おはようございます」

 菜々はおずおずと受付デスクに近づいた。受付の女性の顔を見ながら、取締役に会いたいと言うよりも、先に名乗った方がよさそうだと考えた。我ながらずるいとは思うが、あえて祖父の名前を持ち出す。

「あの……私、葛葉良介の孫の斎城菜々と申します。叔母の柳井由香里さんにお会いしたいのですが」
「アポイントは……」

 そこまで言って女性は口をつぐんだ。菜々はここぞとばかりに畳みかける。

「いいえ、取っていません。姪が突然訪ねてきたのでびっくりされるとは思うんですが、どうしても今日お会いしたいんです」

 受付の女性は一瞬だけ迷ったものの、すぐに笑顔を向けた。
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