ひねくれ作家様の偏愛
「髪、乾かしていって」


「いーえ、結構。声が震えるくらい、俺にビビってる女の部屋にはいられませんので」


声まで震えているなんて。
恥ずかしさと情けなさにうつむく。


「じゃあ、きみの服は置いていって。洗濯して返すから」


海東くんは頷き、もう私の方を見なかった。
バスルームを出てすぐ右手には玄関がある。そのまま靴を引っ掛け、手に財布とスマホを持った格好で玄関のドアを開けた。


「来週中に書き上げます。次に書くのが最後のチャンスになりそうですね」


「……うん。今度は打ち合わせに伺うよ」


玄関のドアが閉まる。
私はその場にへたり込んだ。
心臓がまだ早鐘を打っていた。

あんな接触やめてほしい。

これ以上、私の心をざわめかせないでほしい。

かすかに感じた感情が、“歓喜”であったこと。
私は絶対に認めることはできなかった。




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