艶楼の籠
店じまいをしようと暖簾を下げた時、後ろから声を掛けられた。
「もう、店は終わりかい?」
振り返ると、そこにいたのは櫻生だった。
特徴的な長い髪と、優しい声…。
「どうしてここへ?!」
「散歩かなぁ…?」
にっこり笑っているこの人は、本当に散歩などしていたのだろうか。
「あぁ!疑っているね?…酷いなぁ。」
「疑ってはいません!…でも、もう夕暮れ時ですし…お客様がくる時間では…?」
櫻生は、溜息をつき、肩をすくめる。
「俺が会いにきたのに、別の客人の心配をして……可笑しな人だねぇ。それとも、あの籠の中でないと俺は魅力的に見えないのかい?」
自嘲するような薄笑いを浮かべた。
その表情がとても悲しげで、寂しそうだった。
「そうではありません!とても…綺麗です…。不愉快な思いをさせてしまったなら…すみません。」
「本当に…。………くっくっ………からかいがいのある人だよ。君は。」
目を細めて笑う姿は、私もつられて笑ってしまいそうなくらい心が温かくなる。でも、からかうなんて…。
「そ、そんなっ!酷いっ!」
グッと距離をつめて、私の手を握った。
「そうだよ。俺は酷い男だからね。もっと、いじめて、意地悪な事を言って、雅の色んな表情を見てみたいと思うんだよ。こうやって、手を握っただけなのに、すぐ顔を赤くする…。」
「や、やめて下さい…。」
恥ずかしくて、声が震えてしまった。
櫻生の顔を直視できずにいる。
「嫌だね。本当に嫌だったら抵抗してごらんよ?」
「っつ!!」
耳元で囁かれたその声は、どこまでも甘く響いた。
「おっと、雅には刺激が強すぎたようだね。この続きは、また今度しようじゃないかい。」
パッと手を離されるが、私の身体には、熱がこもったままだ。
少しでも、抵抗できなかった。
それはやはり、この人のもつ魅力に一時的に支配されたからなのか。
「さぁ。今度は、もっと明るいうちに着物を見にこようかね。また来るよ。だから、雅も顔をだしておくれよ。」
そういうと、私に背を向け歩いていった。
「掴み所のない人……。」
色恋を売っているだけあって、駆け引きが上手いのだろうか。
夕暮れ時、あの場所は今日も、活気づいているのだろう。
夢を買いに…偽りの愛を求めて。