艶楼の籠
翌日になると、母の体調もすっかり回復したようだ。
「今日は、頼まれて欲しいことがあるんだよ。いいかい?」
「はいっ!大丈夫!」
話を聞いて驚くばかり。
華やへ新しい着物を届けて欲しいとのことだった。
また、あそこへ足を踏み入れるのだ。
着物は、三着…。
あの3人の顔が浮かんでくる。
「これは、仕事なんだからっ!」
あの夢のような事は、忘れてしまった方がいい。
そう自分に言い聞かせ、華やへ向かった。
まだ、陽が高いうちは忙しく商人たちが行き交っていて、人出も多い。
三着の豪華な着物を抱えてて歩くのは、気を張ってしまう。
この着物の値打ちならば、幾晩も華やへ通うことができるだろう。
―ドンっ!―
行き交う人の肩にぶつかってしまった。
「すみませんっ!」
「いってぇなぁ。…おい、お嬢ちゃん。どうしてくれんだ?あ?」
私は、怖じ気づいてしまう。
「お嬢ちゃんにぶつかってったのは、あんただろう?」
「あぁ?!」
この人は…華やにいた唯一の女性。
しかし、名前を知らない。
「あんたみたいな、面の奴を誰が相手してくれると思ってるんだい?自分の身なりを考えな。…行くよ。お嬢ちゃん。」
「あ、あの……すみませんでした!」
男は、面食らった顔のまま立ち尽くしていたが、女性の後を追った。
「あんたも、鈍くさいねぇ…。」
溜息混じりに言われ、半ばあきれられているのだろう。
「慣れない事を理由にしたくありませんが…人混みが苦手で…。」
「まぁ、あたしがたまたま通りかかったからよかったものの…。うちへ着物を届けてくれんだろう?」
「はいっ!言われていた品を!」
「わざわざすまないね。皆楽しみにしているよー。」
楽しみにしているという言葉を勘違いしそうになる。
着物を楽しみにしているはずなのに…。
まだ、暖簾が出ていない華やは、活気がなく艶やかな灯りもない。
「戻ったよ。この人を奥の座敷まで通しておくれ。」
近くにいた男にそう言った。
「…はぁ。しかし…富さん…まだ時間が…。」
「お前は、阿呆かい?客人だとは言ってないよ。呉服屋さんだろうに…。」
「あぁ!申し訳ありません!……ささ、どうぞ。」
富さんという人なのだ。
やはり、華やのお偉い方なのだ。
皆、富さんの言うことを素直に聞き入れている。
奥の座敷に案内されると、陽の光が差し込み、夜との差がありすぎて、別世界のように思えた。