ごめん、好きすぎて無理。
『クスっ…
陸、素っ気ない態度はあの頃と変わってないね?』
俺の名前を普通に呼び捨てにする彼女。
海の前では“はじめまして”、と言い、初めて会いました的な雰囲気でいたくせに。
『…なんか問題ある?』
俺がそう質問すると、紗奈はクスクス笑って、そして俺を見つめた。
『ないよ?
ただ陸は変わってなくてホッとしただけ』
紗奈はそう微笑んで、その場で立ち止まった。
俺は紗奈が止まるのを見て、俺もその場で立ち止まった。
『あの頃も今も、陸は私に素っ気ない態度をとる。
私、結構辛かったんだけどな?』
あの頃ー…
それは俺と紗奈が付き合っていた、あの頃のこと。
『陸ってさ、なんで私には素っ気ない態度をとるの?』
紗奈の問いかけに、俺は俯く。
『私のこと、好きだったから?
それとも、たいして好きな女じゃなかったから?』
紗奈は。
紗奈は、あの頃の俺にとって、一番大事な人だった。
でもそれは、過去の話であって、今の想いじゃない。
『…後者、かな』
俺はそう紗奈に答えた。
紗奈、いや、海の彼女に。
『………だよねー』
紗奈はそう言って、俺の腕に自分の腕を伸ばし、掴んできた。
俺はその行動に呆気にとられて、茫然としている、その時ー…。
紗奈は俺に近づいて、そして俺の唇に自分の唇を押しあててきた。
一瞬、それがうまく理解できなくて、でも少しずつ理解出来てきて、俺の目は右往左往に動き回る。
そして、紗奈が掴んでいる逆の腕を押し、紗奈から離れる。
『……何、やってんの…?』
俺は紗奈のこの行動の意味がなんなのか、分からない。
紗奈は海の彼女で、なのになんで兄貴の俺にこんなこと…
『陸のことが好きだからー…』
でも、紗奈は静かに、そう答えたんだ。
まるで落ち着かない俺の心を落ち着かせようと、そんな感じで、静かに、そう答えた。