大人の恋はナチュラルがいい。

 そうして大仕事をやりとげたマリナは最後にメイクが崩れたときのお直し方法をアドバイスして「健闘を祈る」と言い残し帰って行った。ありがとう心の友よ。持つべきものは職人の腕を持つ友人だな。

 時計を見れば時間は正午過ぎ。私はお店用に焼いたスコーンの残りをソイラテで流し込むと口紅を整え直して、いざ戦場へと赴いた。マリナが用意してくれたグラディエーターサンダルはヒールが高くて、普段ペタ靴で走り回ってる足には負荷が大きい。爪に言いようの無い圧迫感を感じながら電車で揺られること数十分、目的地へ着いた私は足にいらん負担が掛からないようキリキリと最短距離で待ち合わせ場所まで歩いた。すると。

「ヒヨコさん、おはよう」

 ふいに後ろから声を掛けられ振り向けば、どうやら同じく待ち合わせ場所に向かう途中だったと思わしき太一くんの姿が。まだ心の準備が出来ていなかった私はにわかに焦るが、冷静を装って口角を上げる。

「おはよう、太一くん……ん?おはよう?」

「あはは、もう午後なのに『おはよう』は変だったね。何て挨拶しようか考える前にヒヨコさんの姿見つけて声掛けちゃったから」

 “ニコーッ”という擬音が似合いそうな笑顔で太一くんは笑う。初めて見る私服姿の彼はスーツのときより更に爽やかさを増し、このまま清涼飲料水のCMにスカウトされても不思議が無いくらいの清爽さだった。

 それより何より驚くべきことは、彼が私に対するお堅い敬語をナチュラルに取り払っていた事である。ラインや電話でも敬語とタメ語を織り交ぜて話していたけれど、どうやら彼は今日を機会に堅苦しい敬語を完全に撤廃するらしい。そしてそれは私にグッと親近感を湧かせるものなので諸手を上げて歓迎したい。
 
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