大人の恋はナチュラルがいい。
太一くんは笑顔のまま一歩だけ後ろに下がるとこちらをマジマジと眺めてから、今度は口角を上げて好奇心旺盛な子供みたいに微笑んだ。
「ヒヨコさんの私服初めて見た。可愛い」
正確には私服では無いのだが、褒められて嬉しい事には変わりない。とりあえずデートの第一段階としては成功したという安心感と、彼の素直な賞賛に気を良くした私は柄にも無くはにかんだ笑いを零し「ありがとう」と小さく頷いた。
薫風の清清しい晴天の5月。青く澄み渡った空は太一くんを彩る背景としてとても効果的で、隣を歩く彼を見るたび少女漫画のようなキラキラ煌きが私の網膜には映る。今更だが、とても今更だが、太一くんはなかなかのイケメンなのだなと私は気付いた。女子力を低下させすぎてその辺のアンテナさえ錆付いていた私は、初めてのデートという局面でようやくそんな重大な事を認知する。
「じゃあヒヨコさんってオーナー店長なんだ。20代で自分のお店構えるってけっこう凄いよね。【Apaiser】のランチが美味しいってあのオフィス街じゃわりと有名だし。ヒヨコさん見た目は可愛いのに中身はバリバリのやり手でカッコいいよね」
「そんな、全然凄くないよ。あの場所、知り合いのテナントで安く貸してもらってるだけだし。それに、ただ夢中でガムシャラにやってきただけだから。スタッフが頑張ってくれて、太一くんみたいにうちを気に入ってくれてるお客さんがいるおかげで何とかやっていけてるだけ。私ひとりじゃバタバタしてばっかりでカッコよくも何とも無い」
「驕らないところがヒヨコさんらしいよね。でもヒヨコさんのランチボックス本当に美味しいから。俺、毎日あれが楽しみで仕事してるぐらい」
「あはは、褒めすぎ。でも、そんな風に言われるのが1番嬉しいなあ。よーし、明日も頑張ろっと」
穏やかな春の海を眺めながらゆうるりと交わす会話。塗装された堤防沿いの道を歩きながら交わす一言一言が、確実にふたりの距離を縮めてくれてる気がして心地好い。