大人の恋はナチュラルがいい。

***

 怒らせてしまった彼氏というのはどう繕うのが正解なのか、私ははるか遠い記憶を手繰り寄せるも一向に手がかりは見えてこない。2回かけた電話は出てもらえなかった。説明が長くなると思いラインではなくメールで謝罪を送ったが、返事が無いので読まれたかどうかは不明だ。

 昼に高揚と緊張で出て行ったマンションの玄関を、傾き始めた西陽を背に負いながら沈んだ気持ちで戻るはめになるなんて。「ただいま」と口にすると最悪な状態のままデートが終結してしまうような気がして、無言のまま部屋へと進み入った。まだ終わってない、このあと電話が折り返されて仲直りして後で笑い話に出来るまでが今日のデートだと思いたい。

 けれどそんな往生際の悪い願いなど叶わないとあざ笑うように時間は進んでいく。時計の針が21時を過ぎたとき、私は仲直りの後もう1度会って食事に行くかもしれないという淡い希望を捨てメイクを落とす準備を始めた。

「なにこれ、全然おちない!こわっ」

 マリナが『業務用だから簡単には崩れないよ』と施したコンシーラーらしきものは、市販のメイク落しではびくともせず私は恐怖におののく。メイクはメイクでもこれは特殊メイクに近かったのだな。などと、どこかほの悲しい思いで中途半端な顔の自分を見つめてるとじんわり涙が滲んできた。

 5年ぶりに盛り上がった“女”としての1日が、馬鹿馬鹿しい誤解で一瞬で吹き飛んでしまった事が、本当にあほらしくて悲しい。今日の数時間で私は太一くんに何回胸の甘い疼きを教えてもらっただろう。嬉しかった、自分でもまだまだ恋が出来るって。それを教えてくれた彼を、もっと大事にしたかった。

 あんなに優しかった彼が一向に返事を寄越さないのだ、相当傷付いたに違いない。私と薫くんを目に映し『信じられない』と物語っていた表情が、胸に何度も蘇っては私を責めたてる。

 後悔ばかりが渦巻くけれどもはやどうしようもない。私はもう1度メールで謝罪を送ると自分に発破を掛けるように「よし!仕事しよ!」と声に出して立ち上がり、明日の営業用のお菓子とランチの下準備を始めた。

 
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