大人の恋はナチュラルがいい。

「ヤキモチ妬いた。俺もヒヨコさんに触れたいのに、って」

 抱きすくめられながら耳元で小さく伝えられた声は、甘えと男の色気に満ちている。ずるい、ずるい。母性本能を煽りまくってくるくせに、私を求める扇情的な雰囲気まで滲ませるなんて。

 激しい心音をたてながら、自分の中の女がますます目覚めてゆく。こんなの、もう墜ちるしかない。墜ちて、溺れて、埋ずもれて。私、完全に太一くんに――恋をした。

「太一くん……」

 目覚めた本能が、宙ぶらりんになっていた私の腕を彼の背中へと引き寄せた。このまま抱き合って、いっそもっと求めて欲しいなんてはしたない思考をもたげてしまう。

 けれど。私の手がスーツの背中に触れる直前、愛おしい抱擁は魔法のようにパッと解かれた。思わぬ肩すかしに「あれれ」と声を出しそうになったが寸出で飲み込み、冷静を装った表情で彼を見上げる。

「だからこれで仲直り、ね?」

 ニーと口角を上げながら恥ずかしそうに笑って、太一くんは跳ねるように一歩後ろへ下がった。……な、なんだと。こちとらエロい雰囲気まで勝手に感じ取ってしまったのに、年下男子は実に可愛らしく爽やかに抱擁だけで仲直りを完結させてしまった。

 『もっと盛り上がりませんか?』と伺いたいところだけど、それじゃあただの欲情した年増になってしまうので、私は僧侶の如く強い精神力で邪念を追い出し潔癖な笑顔を作り出す。

「仲直りのしるしに一緒に晩ご飯食べに行こうか?今ここ片付けちゃうからちょっと待ってて」

「いいね。何食べに行こうか」

 こうして、私に僅かな悶々を残させたものの仲直りは無事に済み、改めて我々は恋人としてこれからもヨロシクとビアキッチンで乾杯をしたのだった。


 もちろん、帰りに最寄り駅まで送ってくれた太一くんは、爽やかに紳士的であって私の部屋まで乗り込む事などする訳も無く。彼のフゼアのトワレを思い出しながら逸る胸で私は、年下男子って罪深いな、なんてひとり恋に耽る夜を過ごすのであった。

 
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