大人の恋はナチュラルがいい。
「順調ですねえ」
太一くんが帰ったあと、キッチンで洗い物をしていると袋詰め焼き菓子の補充をしていた理緒ちゃんが温かい目をしてそんな事を言って来た。以前の私ならあたふたと『な、なに言ってんの、別に普通っていうか……ってか仕事中!』などみっともなく取り乱していただろうが、太一くんと付き合いだしてもうすぐ4ヶ月。さすがにもうふいにプライベートをつっつかれる事にも慣れた。洗い物の手を止める事無く「まあね」などと余裕たっぷりに答える。
しかし相手は常に女子力上昇中の理緒ちゃん。ようやっと最近人並みの女的常識を取り戻しつつある私が本来太刀打ちできる相手ではないのだ。
「そのうち坂巻くんと結婚するんですか?」
想像もしなかった角度からの質問に、今度は思いっきり動揺を露にしてしまう。私の手からスプーンがするりと抜け落ちシンクのカップにやかましい音を立ててぶつかってしまった。慌ててカップが欠けなかったか確認して無事だったことに安堵の息を吐く。
「結婚なんていきなりそんな、考えた事も無いよ」
今度は手に力を籠め注意深く洗い物を進めながら理緒ちゃんの方を向かずに答えれば、「えー?」と批難の声が背中に浴びせられる。
「私てっきりそのつもりだと思ってましたよ。坂巻くんもそうじゃないんですか?だって店長もうすぐ30でしょ。子供産むこと考えたらもう遊びの恋してる余裕ないじゃないですか」
どうしていつも理緒ちゃんの言う事は鋭利なサバイバルナイフのように的確に深く私の心を抉るのか。考えた事も無かった人生設計を突きつけられてうっかり息が止まりそうになる。