大人の恋はナチュラルがいい。

***

「店長さんは、恋人とかいらっしゃるんですか?」

 例の男性客が穏やかな眼差しで私にそう尋ねたのは、いつものランチタイムではなく日の暮れかけた午後6時。ロールカーテン越しの柔らかな西陽と、店内照明の暖色のライトのせいでオレンジ色の空間になったカフェ店内のカウンター席での事であった。

 カウンターを挟んだこちら側でオーダーされたエスプレッソの準備をしていた私はにわかに固まる。コイビトトカイラッシャルンデスカ?彼の発した質問がいまいちピンとこない。と言いますか、バスケットに粉を詰めてる時に話しかけないで欲しい。これを上手に均すのが美味しいエスプレッソを淹れるコツなんだから。

 彼の質問を噛み砕くのと、粉をダンピングするのに集中していたため、私はしばし無言になってしまった。マシンにバスケットをセットしてスイッチを押すまでざっと15秒。無事に抽出が始まったのを見届けてからようやっと私は彼の方に顔を向ける。

「ええと、いません。あっ、ずっといなかったと言う訳ではなく5年くらい前まではいたような気がします」

 彼の質問の意図を掴み損ねていた私は、もしや『店長さんは、たいそう女子力が低くて枯れてるように見えますが、そんなんでも恋人がいらっしゃった事があるんですか?』という嘲笑と好奇心ゆえの質問ではないかと深読みして、余計な言い訳を見苦しく付けてしまった。

 しかし、彼は決してそんな意地悪な人間ではなく、西陽でも煌く笑顔を浮かべながら

「じゃあ今はフリーなんですね。良かった」

と素直に目を細めて言う。勝手に卑屈な深読みをした自分が恥ずかしい。

 抽出を終え香ばしい湯気を立てるエスプレッソのカップをソーサーにセットし「お待たせしました」とカウンター越しに彼の前に置けば、長い指先がわずかに私の爪先をつかまえた。
 
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