恋人
「もう、この坂登るの飽きたー。もう朝から部活した気分だよ」
大袈裟にこのみは息を吐いた。
彼女はバドミントン部に所属している。どんな練習をする前にもこの坂を使って走り込みをするらしい。
私のように登下校だけにこの坂を利用しているわけではないのだ。
「まあ、確かに。でも私この坂好きだけどな」
「毎回言うよねそれ」
「このみこそ、門くぐると同じこと言い出してるじゃない」
うん、結果私たち毎回同じ場所で同じ会話してるってこと!と、このみは太陽のように眩しい笑顔を私に向けた。
ーーー
「早く席につけー。さっさと着かんと部活に遅れても俺はしらんぞー」
担任の渡瀬謙也はだるそうに教室に入ってきながら、これまただるそうにホームルーム開始を呼びかけた。
「じゃあ、解散!明日も全員こいよ!さよなら!」
帰りの挨拶だけは元気に渡瀬はクラスの生徒に向かって手を振った。顔はさっきの気だるさを感じさせないくらいの爽やかな笑顔だった。
「あーーーっ!待った待った!大事なこと忘れてた!」
突然大声をあげた渡瀬にクラスの何人かが肩をびくつかせた。
教室中の全員が怪訝な目を渡瀬に向けた。
「明日持ち物検査があるんだってよ、だからお前ら余計なもの持ち込むなよー」
生徒たちのさっきまでの怪訝な目が嫌悪を含んだものに変わっていく。しかし今度は渡瀬に向けられたものではなく、持ち物検査という言葉に対してだ。
やましいことがあるか、なくても検査というものに好意的な感情は生徒である以上抱かないだろう。
「ここにいない奴いるかー?」
さっきの解散宣言で部活に遅れたくない人は、渡瀬が待ったをかけるより早く教室から姿を消している。
今の連絡を聞いていないとなると困る人もいるのだろう。
しかし持ち物検査というのはそういうのを見つけるためにあるのだと思うが、近年はプライバシーだなんだとうるさいのもあってか、事前に教師から伝えるのが常識になりつつあるのだ。
「先生ー、君嶋くんがいないです」
君嶋篤志。このクラスのクラス委員長である。
立候補者と推薦を受けた者とによる多数決がとられ、彼は後者だったが見事選任されたのだ。
教室にいないのは数人いるのに、彼の名前が告げられたあと、挙げられた名前はなかった。入学から二週間しかというべきか、まだクラス全体が名前と顔が一致し切れてなかった。だからこそこのクラスにおける彼の存在感を示しているかのようだった。
「あー君嶋か。どーすっかなー」
困ったように渡瀬は頭を掻いた。
困っているようで、顔は困っているようには見えないが。困っているというより、面倒くさそうという方が当てはまる。
自分には関係無いだろうと、私は止まっていた帰りの準備をしていた手をまた動かしたときだった。
「あ!」
ふいに言葉を発した渡瀬は、その言葉と同時に私を見た。