恋人

彼の後ろにドス黒いオーラみたいなものが見えた。

完全に根に持たれている...!

彼が今述べたことは全て事実だ。
仮定の話では決してない。
しかし真実でもない。
私のあの行動のどれもが故意にやったものではないのだ。





早朝に降った雨が所々で水たまりを作っていた入学式の日。
桜坂を登る途中、私の数歩先を歩っていた彼は友人と楽しげに会話していた。
その彼のズボンのポケットから生徒手帳が落ちそうになっていたのに気付いたのは偶然だった。彼が歩くたびズボンのポケットは太ももによって持ち上げられ中身が飛び出していた。

今にも落ちそうな生徒手帳にハラハラしながらも、それを教えてあげられる対人スキルを持っていない私はずっと黙って見ているだけだった。

あと少しで門だというとき、生徒手帳は耐え切れなくなったのだろう。
ポケットから完全に剥き出しになった。

キャッチをしようと走り出したが、タイミングが悪かった。
差し出した手をすり抜け、生徒手帳は私の足によって蹴っ飛ばされた。...それも水たまりの中へと。

慌てて水たまりへと駆けた。が、運悪く水たまりの直前で濡れていた地面ですべってしまった。
バランスを崩しかけた私はそれを整えることに努めた。その結果転ばずに済んだ。
いやそこで転んでおけば良かったのだ。
ホッとしたのも束の間、生徒手帳は私の足の裏にあった。





「ごごごめんなさい!!わざとじゃないんです!拾おうと思っただけで...その...狙ったとか、そーゆーことではないんです!」

あのとき彼は何が起きたか分からない顔していたが、確かに許してくれた。
最後には笑ってもくれていた。
さっきから彼がみせる嘲笑や怒りの笑みではなく、太陽のような眩しい笑顔だった。

「うん、前にそれ聞いたよ。拾ってくれようとしたんだよね?」

私は何度も必死に首を縦に振る。
そんな私に彼が続ける。




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