恋人
「え、なになに?どうしたの?」

いきなりのこのみの乱れ振りに、愛栄は笑いそうになった。
とてつもなく変な顔をしている。

「ちょっとなんで笑ってるのぉ〜」

「だって、このみの顔…ぶふっ」

「いやもう吹き出さないでよ!ひどい!」

いや無理だ。この顔笑える。
完全につぼってしまった。

「愛栄〜〜?」

このみの声音が怒りを含み始めたところで、私の横隔膜も痛くなってきたのでそろそろ笑うのをやめてあげようとしたとき。

「なーんか楽しそうだねぇ」

「は!七瀬くん!」

「はい七瀬くんです、このみちゃん」

語尾にハートマークがつきそうな甘々の声にこのみはただ惚けている。

やば。このみのこの顔も面白い…!

「香田さん、なんか楽しそうだね?」

「えっ?あ、いやなんかこのみの顔が…」

面白くてと続けようとしたら、さっきまで恍惚とした目で七瀬くんを眺めていたこのみにキッと睨まれた。

どうやら言わんとしたことが分かったらしい…。

「顔?このみちゃんの?」

「あ、いやー、えーと。部活楽しそうだなって。ほらなんか掛け声とかも聞こえてきて!」

なんとか取り繕えた…かな?

「あぁ部活ね。そんな楽しいもんでもないと思うけど。やりたいの?」

うわ、自分で言っといて自分の地雷踏んだかも。

「いえ、私は興味な…」

「そーなんです!!愛栄がバドに興味あるらしくて!見学したいらしくて私付き添いで来たんです!」

「え、そうなの?」

「ちょっとこのみなに勝手なこと」

「それならそうと早く言ってよ。案内するよ」

「え!いーんですか⁉︎」

「ねぇ!勝手に話を進めないで!第一、七瀬くんバスケ部だよね?」

「うん?」

そのだからなに?みたいな顔ムカつく。

「バド部に許可なく見学とか許可しちゃっていいわけ?」

「ならここに君島連れてくるよ」

「なんで君島くん⁉︎彼まだ1年でしょ」

「あーそれもそうか。じゃあ部長連れてくる。ちょっと待ってて」

「え、いやそれだったいいとかいう意味じゃなくて…って七瀬くん!」

颯爽と言ってしまった七瀬くんにやめて欲しいと叫ぶももう届かない。

「やぁった〜〜!これで七瀬くんに加えて君島くんまで拝める〜!」

「やぁった〜〜じゃないよ!見学とか話を大きくしちゃって!どうしてくれるの⁉︎」

「嫌ならあとから断ればおっけー!心変わって入部したくなることもあるし?そのときは入部しちゃえばおっ」

「おっけー!じゃないから!断るときのあたしの気まずさも考えて!それに絶対入部はしません!!」

鼻息荒くまくしたてる私にこのみはあろうことかケラケラ笑い始めた。

「愛栄の顔やばーい!」

人の顔を指差してお腹を抱えて笑い始めたこのみ。

「人の顔指差して笑わないで!」

「さっき同じこと私にした人が言うセリフー?」

正論を言われて愛栄は地団駄を踏んだ。

「てかなんで絶対に入部しないなんて言い切れるの?もしかしたらってこともあるじゃん」

「しないよ絶対に。そう決めてるから」

頑なに検討しようともしない愛栄にこのみは怪訝な顔した。

「絶対とか言われちゃうと悲しいな」

「君島くん!!」

振り返ると君島篤が七瀬くんとともに立っていた。

「えっと香田さんだよね?はじめまして、君島篤です」

「え、あ、初めて。香田愛栄です」

君島くんが自己紹介とともに差し出した手を、恥ずかしさを感じながらもおずおずと愛栄は握った。
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