小さな恋物語
いつも一緒だった学生時代とは違って別々の会社に就職した私たちは、当然お互いがどこで何をしているかなんて細かいことは知らない。
付き合いは5年を超えて、そろそろ結婚を考えたっていい頃なのに。
「おい、ぼーっとしてるとコーヒー冷めるぞ」
後ろから肩をポンと叩かれて振り返ると、呆れたように苦い表情をして立つ亮がいた。
私と彼の大学時代からの共通の友達で、私と同じ会社に就職した。
部署が違うから社内ではほとんど顔を見ないけれど。
「びっくりした…」
「お前さ、テラス席で一人で座ってるのはいいけど。身動き一つしないって傍から見たら怖いよ。俺がここ通り過ぎて店に入ってきたのも気づいてないだろ」
亮は椅子を引くと、呆れたようにため息をついて腰を下ろす。
そして手にしていた、まだ熱いであろうコーヒーを啜った。
私は周りの音が聞こえていなかっただけでなく、人の動きすらも感じていなかった。
亮によって引き戻された意識は、ざわざわとした人の声や動きを再び認識している。
会社の近くにあるこのコーヒーショップは、仕事帰りに時々寄る。
亮はコーヒーの入ったカップをテーブルに置くと、ネクタイをゆるめてワイシャツのボタンを開けた。