初恋の人は人魚×アイドル!?
PM.11:00
「なにこれ。遅れてきてみれば⋯⋯」
 キールはそういってその凄惨たる光景を見つめる。
 テーブルの上には放りだれたぐちゃぐちゃのドリル。バラバラに散らばった筆記用具。
 そして、完全にダウンしているソラ、ユータ、ネク、ヨウ。
「ちょっと⋯⋯これはなに?ふざけてるの?」
 そういってキールはテーブルに荷物を置く。
 それに気づいた四人の表情は一気に明るいものになる。
「待ってたぞ、キール」
「キーくん、助けてぇ」
「キール、おっはー。早速だけど、ここ教えて〜」
「おいキール、俺に割り算を教えてくれ」
などと口々にいってくる自分より五歳年上の彼らをキールは冷めた瞳で見る。
「そろいもそろって⋯⋯。で、あいつらは?」
「あいつらって?」
「ここにいないやつらのことだよ」
 イラついた口調でそういうキール。
「色々あってね。まあ、そのうち戻ってくるよ」
 そういってソラは無理矢理笑む。
「ほんと、そろいもそろって⋯⋯」
 そういうと大げさにため息をつくキール。
「おいキール、さっきからなんか音楽聞こえてんぞ」
 ユータがそういって、キールのバックから勝手にスマホを取り出す。
「ちょっ!なにすんだよ!!」
「なんだこれ」
 そういってユータがスマホのケースに挟まっていたなにかを取り出す。
 テーブルに広がった二十枚程はあるそれにみんな遠い目をする。

「うわあ⋯⋯」

 それは、モモの写真だった。ポーズを決めているものから無防備に寝ているものまで様々なモモの姿がおさめられている。
 みんなの完全にひいた目をみてキールは頬を一気に赤く染めた。
「こっ、これは何年もかけて貯めたものなんだ!お前達には想像がつかないくらい価値のあるものなんだからな」
「⋯⋯なんか自慢始まったけど」
「う、うるさい!それより、はやく宿題をみせてよ」
 そういってユータの隣に座りかけたキールだが、すぐに立ち上がりネクの隣にいく。
「うわっ、ひでえー。なんだよ、その態度」
「ミルクティーこぼす上に人のバックを勝手にあさる野蛮なゴリラの隣はごめんだから」
「んだと!!」
「うるさい。明日までに高校のドリル終わらせなきゃなんないのに小学校で習う割り算教えて、とかいってるバカはだれ?」
「うっ⋯⋯」
「自覚あるならとっとと手を動かしなよ」
「くっそー⋯⋯」
 悔しそうにしながらも手を動かし始めるユータ。

「あのっ⋯⋯!」

 そこへやってきたのは⋯⋯
「莉音!良かったぁ⋯⋯戻ってきてくれて。さっきはごめんね、僕」
 そういってソラが莉音の手をつかもうとするとその手をパシリもはねのける手が。
「彼女になれなれしくしないでもらえる?」
「⋯⋯先輩⋯⋯ですよね。莉音のこと奪っちゃう意地悪な人⋯⋯」
「つーか、HRNのリーダーだろ」
「そうだよ。それで、莉音の宿題はどこかな」
 そういって微笑を浮かべる連斗。
 そのどこか恐ろしい微笑みに寒気を覚えたネクがスッと莉音の宿題を差し出す。
「ありがとう、ネク。あと⋯⋯みんな、ごめん。今日の勉強会参加出来なくなった。ほんと、ごめん。じゃあ」
 そういって逃げるように去っていく彼女を引き止めようとした四人だがその隣にいる男の一睨みで黙り込んだ。
 莉音の後に続き出口に向かって歩き出す連斗。
「あいつ⋯⋯」
 ヨウがイラついた様子でつぶやいた、そんな一言に連斗は心からの微笑を浮かべた⋯⋯。





〜ナギ〜
「はあ、はあっ⋯⋯。やっとまいた⋯⋯。で、モモ、これはどういうことなのかな」
「はあ⋯⋯はあ⋯⋯。ごめんなさい⋯⋯」
「ごめんじゃわかんないよ。ちゃんと話して」

 そういう僕はもう息も切れ切れだ。

 ファミレスにて他のメンバーが来るのを待っていると、窓の外にヤクザと思わしき人達に絡まれているモモを発見した。
 なんだか思わしくない雰囲気だな、とは思いつつ様子見に徹していた。
 しかし、ヤクザのような人達が嫌がるモモを無理矢理どこかに連れていこうとしだして、慌ててファミレスを飛び出した。

 体育祭の時に莉音をおぶる程の筋力もなくて、それが恥ずかしく最近ずっとジムに通っていた。だから自分の中では結構腕っ節に自信があったんだけど⋯⋯。

 ズキズキと痛む頬の傷に、自分はまだまだだと思う。女の子一人も守ってやれない。
 しかもこんな傷つくってあとから木本さんに怒られるのは確実だ⋯⋯。

 まあそんなことはあったものの、なんとかヤクザのような人達をまいて逃げてきたのだが⋯⋯。

「スカウト⋯⋯されたの。」
「モモはモデルだよね?なのにまたスカウトされたの?」
「アイドルにならないかって⋯⋯。それで、そうしようかな、って少し⋯⋯思って⋯⋯。そうこうしてるうちにどこかに連れていかれそうになって⋯⋯」
 そういってポロポロと涙をこぼすモモの背中を優しく撫でてやる。
「でも、なんでアイドルなんか⋯⋯」
「アイドルになって、ナギと結婚したかったの!⋯⋯」
「え⋯⋯。モモ、それ本気でいってるの?」
 何も言わずにコクコクと頷くモモ。
 この幼なじみは⋯⋯。
 相変わらずいきなり突拍子もないことを言い出す。
 そのことにあきれながら、あることに気づく。

「モモ、〈海を荒らす者〉に協力してるでしょ?」
 ずっと気になっていたことをきいてみる。
「えっ⋯⋯と⋯⋯」
 そうどもりながら、もう涙もひいてきたターコイズブルーの瞳を泳がすモモ。
「相変わらず嘘下手すぎ」
「うっ⋯⋯」
 ひたすらに目を泳がすモモが可笑しくてモモの左右に手を伸ばし逃げ場をなくす。
 目を泳がすモモをじっと見つめる。
「答えて」
「⋯⋯ナギ、意地悪⋯⋯」
「はは。ごめん。モモが面白くて⋯⋯」
「ちょっ!面白いってなによ!」
 そういって真っ赤になるモモに笑いながら「ごめんごめん」という。

「⋯⋯⋯⋯やつらに協力してるって言ったらナギはどうするの?⋯⋯」
「僕は⋯⋯どうするんだろう」
 苦笑いとも似た笑いがこみ上げてくる。
 自分だって、モモと何ら変わりない。
 いや、モモよりずっと⋯⋯

「僕は人のこといえない。でもね、モモに傷ついて欲しくない。彼らと関わっても傷つくこと以外なにもないから。だから⋯⋯」
「なっ⋯⋯なんで泣くの?⋯⋯」
「なんでだろ⋯⋯」

 ナギにはなんとなくわかっていた。
 今この瞬間、もう、大好きなあの子はほかの人のものになってしまったのだ、と。
 愛と歌に生きる人魚の特権としてわかったんだろうけど、わからなくて良かった⋯⋯。こんなの⋯⋯。

 辛くて苦しくて藁にでも縋りたい気分だ。

 だからといってここで目の前にいるモモにすがっては申し訳ない。
 いや、そんなことはできない。
 そのはずなのに⋯⋯。
 身体と心は違うみたいだ。

 気づいたらモモをきつく抱きしめていた。
 意地っ張りで一途で強がりな幼なじみをーー。
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