初恋の人は人魚×アイドル!?
「なにしてんの?」
「君のこと待ってたんだ。大丈夫かなあって」
「⋯⋯そう⋯⋯」
私はそっぽを向いてそういった。
「じゃ、行こっか」
そういって歩き始めるナギ。

愛しくなって手を伸ばせば遠ざかる。
諦めようとすると近くなる。
そんな人。

「⋯⋯っ!」
「ん?行かないの?」
そんな優しい声音で話しかけないでよ。
私のことなんて放っておいてよ。お願いだから⋯⋯
「いくし」
そういってスタスタと歩いていく。
今は一階で部屋は二階の一番はじだけど急げばすぐに着くはずだ。
「僕さ⋯⋯なんか君のこと怒らせるようなことしたかな」
不安げなその声に振り返りかけるがすぐに前を向く。
私には、れん兄という人がいるんだから。
振り返る余裕など、ないのだから。
「別に私怒ってないよ。別に⋯⋯そんな⋯⋯」
うわあぁぁ、私バカだ。涙が⋯⋯。声が涙声になっちゃったじゃん。
「⋯⋯っ!?」
ふわっと香った、どこか懐かしいナギの香り。
大好きなぬくもり。暖かさ。
肩にまわされた腕がギュッと強く私を抱きしめる。
「泣かないで」
「バカ」
ボロボロと涙は止まらない。
ここは人気鍋店の廊下だ。いつ誰がくるかもわからない。

けど⋯⋯それでもいいって思えた。

「バカ⋯⋯バカ⋯⋯」
「ごめんね」
私はその後何度涙声で「バカ」といっただろう。
そしてナギに何度悲しい声音で「ごめんね」といわせただろう。
気づいてる。
自分が一番馬鹿なことぐらい。
ても、それはできないから。



「うぐっ」
「落ち着いた?」
優しい声。
「じゃ、僕はもう少ししたら行くよ」
「?なんで」
「君の恋人は察しがいいようだし、気づいちゃうかもよ?」
そうか。ナギはまた気をつかってくれているのか。
もう⋯⋯これ以上ナギといたら頭がおかしくなりそうだ。
「ありがと」
そういって私は歩き出す。
ナギが「ほんと⋯⋯生殺しだよ⋯⋯」とつぶやいたのなんて聞こえないフリをして。ナギが貸してくれたハンカチをそっと抱きしめた。
「⋯⋯ごめんね」



部屋に入るとそこはカオスと化していた。
まあ、予想はしていたけどね。
悟りを開いたような表情のユータ。なにかのアニメのコスプレをしているスズさん。何故か部屋の掃除をしているネク。幸せそうな表情で熟睡しているソラ。スズさんに追いかけられているキール君。険しい表情で窓辺から外を眺めてるヨウ。満足気な表情をしたフウガ。
そして⋯⋯
「鍋、空っ!?」
テーブルの上大きな鍋が五つある。にも関わらず、つゆ一粒ないってどういう了見?
「大丈夫だよ」
「れん兄!」
泣いてしまいそうだ。五つ分の鍋の具を皿に取り分けておいてくたのだ。しかも⋯⋯
「これ⋯⋯私の好きな具ばっかり⋯⋯」
「そうだよ」
そういって優しく微笑むれん兄。
そんなれん兄に自然と笑みを浮かべる。ずっと離れていたのに覚えていてくれたんだ⋯⋯。「ありがとう」そう礼を言おうとする。すると⋯⋯
「好きな具だけとか⋯⋯。さりげなく幼なじみアピールしたいんですか?そうしないと不安だから?」
そういって微笑をうかべると間をあけることなく
「それにしても、そうやって甘やかすのは良くないとおもいますよ。嫌いな具もちゃんと食べなきゃ栄養偏っちゃいますしねー」
なんて弾丸口調の冷たい声音でいうのは先程からむくれた様子のヨウ。
なにが気に入らなくてそんなにむくれているというのか。訳の分からない不機嫌でれん兄に八つ当たりするのはやめていただきたい。
「ちょっと、れん兄にへんないちゃもんつけるのやめてよね。自分がイライラしてるからって⋯⋯」
「なに、莉音ちゃん。僕が八つ当たりしてるっていいたいの?彼氏の肩持ちたいのはわかるけどひどいよ〜」
なんてどこかわざとらしく言うヨウにイラッとする。
「あんた」
「別にいいじゃん、そんなの。それより、ヨウきゅんコスプレはいかが?」
私の声を遮りそういうのはスズさん。ヨウのイライラオーラなんてものともしないようだ。
『そんなの』とかいわれてヨウも本気でキレるんじゃ?⋯⋯と心配になるものの、当のヨウは特に気にした様子もなく
「いらないで〜す」
という。
そんなヨウに口をふくらませたスズさんは先程まで追いかけ回していたキールくんに向き直る。
「じゃっ、キーくん!」
「だから、嫌だっていってるだろ、ババア!」
「ババアだなんて失礼な!私がタイピーのコスプレするからさ、キー君はウカドっちのコスプレね!」
「なんの話だよ!っていうか、誰だよ!」
「『僕と魔法使いの五つの約束』にでてくる女魔法つかいとショタ系主人公くんのコスプレだよ!」
「なにいってんのか理解できないし。って来るなああぁぁ」
そんなキール君の悲痛な叫び声が、開いた窓から夜空に響いた。



〜ナギ〜
壁に寄りかかって、目を閉じる。
まだ手に残っている温もり。ツーっと頬を伝う想いの丈。
「⋯⋯バカだなぁ⋯⋯僕は⋯⋯」
あの場で僕がなにか違う行動をしていたなら、なにか変わっていたかもしれないのに。
莉音とあわよくばくっつくことだって出来たかもしれない。もしかしたら、一族の呪いを跳ね返すことだってできたかもしれないのに。
「ほんとにバカだなぁ⋯⋯僕は⋯⋯」
そんなことをつぶやいてヒソヒソと泣くことしかできない。
モモに頑張ってみせるっていったのにこのざまだ。
「でも、いつか⋯⋯」
きっといつか、この想いが実りますように。
そんな願いごとを心の中でしながら、僕は涙をごしごしと拭き取った。
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