初恋の人は人魚×アイドル!?
その人が私を呼んでいる?⋯⋯サーッと血の気がひいていく。
思い当たる節がありすぎる。絶対あれでしょ。ナギさんへの態度がいけないとかなんとか……
ゴクリ
「あの、すいませんが、連れて行かせてもらいます。」
気づくと隣にきていたのは黒いスーツ を着た女の人。おそらくマネージャー。 その人に腕を掴まれた瞬間に私は覚悟をきめた。
土下座……するしかない。
だって、みんなのアイドルと、不本意とはいえあんなに近づいた……。
「はい、はいってー」
中から戸があけられてマネージャーさんが運転席に向かう。
私はしぶしぶ車に乗り込み、傘をたたむ。
傘をたたみ終わり、きちんと座り直すと
「こんにちは〜」
爽やかな素敵すぎる笑顔を向けてくるソラ君。
そうやって、油断させようとしたって無駄だよ。私……芸能界に消されるんだ……
小さい音でクラシックが流れているが埋葬曲にしか聞こえない。
運転席に座るマネージャーさんはできる女って感じの人で、カーブが続くこの道をすごい勢いで走り抜けている。
おかげでさっきから右へ左へすごい遠心力が働いている。シートベルトをしていなかったら危うくソラ君に倒れ込んでいただろう。
ありがとう、シートベルト。
「ねえ〜あそこいってー」
ドキッ
あそこってどこ?事務所??
「駄目ですよ。人目のつかないところで、です。出来れば、誰にも気付かれないように」
ぎゅっと傘の持ち手を握る。
つまり、人目につかないところで、報復を与えようと……。それって、つまりは暴力!?
確か、ソラ君はナギの幼馴染。幼馴染に対する私の態度を聞いて怒ったの!?そういうこと!?
マジか……。でも……
私はぎゅっと唇をひとかみするとキッと前を向く。
そうだ。ちゃんと、受け止めなくては。
「え?マネージャーさんは車にいるの?」
「うん。そうだよ。ほら、入って入って!ここは僕の別荘、みたいな?」
別荘で、個人的にアイドルから報復うけんのか、私。ある意味すごい……。
泣きそうになりながら、木でできた素敵なお家を見上げる。別荘とかいってたけと三階……いや、四階だてかも。
「鍵がこれ〜」
今気づいたけど、ソラ君すごい格好だ。 真っ黒のカッパって、不審者みたい。車では着てなかったのに。
車から家までの短距離でも濡れるの嫌なのかな。
「あいたよ〜。どうぞ〜」
「あっ、うん!!」
慌ててお家に入る。
木の優しい香りと長い間使われていな い感のあるほこりのような香りにホッとしたのもつかの間。
「こっちきて。ゆっくり出来るとこがあるんだ〜」
というソラ君。
ゆっくり痛めつけられるの間違いじゃないのか?と、段々人間不信になってくる。
「はーい、そこに座っててねぇ〜。今、紅茶いれるから」
「……どうも……」
そうやって、茶までいれて油断させたいのか。
しぶしぶ落ち着いたブラウン色のイスに腰掛ける。目の前には同じ色合いのテーブルがあって、使われていない証拠にホコリがうっすらとたまっている。
「ふふ〜ん♪ふふふ〜ん♪」
鼻歌を歌いながら、キッチンで作業しているソラ。
「……!」
ぎゅっとこぶしを握り、覚悟を決める。
スッと立ち上がった私は傘やリュックをイスに置き、ソラの元へスタスタと歩いていく。
「んっ?どしたの?おトイレなら、廊下でて……」
「ごめんなさい!!」
思いっきり頭をさげる。
「へっ……?」
「私がナギに対してあんな態度とってたから」
まあ、あいつの言動が元でそうなったといっても過言ではないけど。
「だから、本当にごめんなさい!!」
「ちょっ、君……」
「あの、お望みとあらば土下座でもなんでもいたします」
「……」
不気味な静寂が辺りをつつむ。
これ...は...
くっ。私は膝をつき、頭を地面につけた。
「この度は」
「ちょっとー、いきなり何しだすかと思えば……」
ソラくんのクスクスという笑い声に顔を上げる。
「君、変わってるね。名前は、なんだっけ?今まで興味なかったから、覚えられなかった」
「はい?……」
いきなり何を言いだしたんだ、こいつ。
「怒ってないの?」
「怒るってなにに?」
「ナギとの……こと……」
そういうと、目を見開くソラ。まさか、今初めて知ったとか?
ああー、失敗。言わなければ良かった。
「熱愛がバレたと思って、ってこと?」
……」
「はあ!?」
「えー?違うの?」
な、な、なにいってるんだ!こいつ!
怯えてた私がバカみたいじゃん!!
「もういいです。帰りますっ!」
しかも、土下座までしちゃってバカみたい。もう、やだ!誰と誰が熱愛だよ!めちゃめちゃ険悪だわ!
「まって」
手首を掴んでくるソラ。もう、帰らせろよ!アイドル番組があ……
「名前、教えて」
「はっ?」
名前ごときでこんな鬼気迫ってるの?
「愛川莉音」
ボソッと無愛想にいってやったのに、ソラは満面の笑みをこちらに向けてくる。
ともかく、今はいちはやく家に帰らなくては。
私はきびすを返して自分の荷物を全て持つと玄関に向かう。
玄関につくとドロで汚れたローファーに足をいれる。
ん?ちょっと待て。ナギのことじゃないとしたら、今日、私がソラに呼ばれたのって……
「僕ね、実は北太平洋のマーメイドプリンスなんだよ」
「……」
振り返り、ソラの顔をまじまじとみつめる。ニコニコとしているが、ウソをついているようには見えない。
それに加え、この間ナギが人魚になったことが現実味を増させる。
「今日、莉音をここに読んだのは僕達の秘密を話すため、だよ」
ゴクリ
そんなつばを飲み込む音が、人気のない別荘に響いたーー。
「あっつ!!」
ソラの入れた紅茶は熱湯並みに熱くて舌がヒリヒリする。これを、風雅みたいなやつがやると嫌がらせにしか感じないんだけど……。
キッチンでお菓子を用意しているソラを見やってため息をつく。
憎めない性格とはこのようなことなんだろうか。
よくよく見れば、やはりアイドルとい
うだけあって容姿もかなり整っている。先程までは、怒られる!消される!としか考えられずにソラをみていたからな。
白い肌にはらりと落ちるサラサラした色素の薄い髪。SUNNY'Sの中で一番背が高いということもあって足も長い。優しくおっとりとした雰囲気の薄茶の瞳。
揃いも揃ってイケメンか!と内心ツッコんでいると、ソラがこちらにやって来る。
「この前、ファンの子に貰ったんだあ。すごく美味しいよお」
間延びした口調でソラが差し出してきたのは、お皿に並べられた色とりどりの美味しそうなクッキー達。
ピンクと白のマーブル模様のクッキーを一口頬張る。
「んーっ!めっちゃ美味しい!!」
なんだろ、これ。桜みたいな風味と甘いミルクみたいな。
思っていた以上に美味しくて、またお皿に手を伸ばそうとするけど……。
「うっ。なにこっちみてるのさ……」
目の前に座るソラがジーッとこちらを見ていることに気づいて動きも止まる。
「ううん。ただ、うさぎさんみたいにモグモグ食べるから可愛いな、って」
爽やかスマイルでそういってくるソラにそっぽを向く。
「もう食べない」
「え〜!なんでえ?」
「それより、本題だよ!マーメイドプリンスってどういう意味?」
そうたずねた瞬間、ソラから放たれていた柔らかい雰囲気が弱くなり強い瞳でこちらをみてくる。
「莉音ちゃんはさあ、SUNNY'Sの魅力ってなんだと思う?」
「は、はあ?……」
てっきり、人魚関係の話がくると思っていたので拍子抜けしてしまう。
「答えて?」
優しく強い声にゴクリとつばを飲む。答えてと言われても……
「ま、まあ、みんなイケメンだし。個性あるし。なにより、全員があの歌唱力ってのはすごいと思う。」
早口で無愛想にそういったのに、ソラはニコニコしてる。
「でしょ、でしょ〜。莉音ちゃん、よく分かってるねえ」
「……自分でいうなよ……」
「あっ、ごめんね?でも、今のは僕達が人魚だって分かってるねえ、って意味」
あんぐりと口をあけてかたまってしまう。
唐突に人魚の話に!?天然、末恐ろしいわ……
プルルルル
ソラのスマホがなる。
「はーい。うん、うん。分かったあ。今行くう」
話終わったソラは困ったような顔で、
「これから、お仕事なんだ。あとから、お話するからね」
「え?ああ、うん」
そうだよね。コイツだって国民的アイドルグループの一員。
こうやって、話せているのだってきっと、私がナギの秘密を知っちゃったからで。
「じゃ、帰るね」
立ち上がり、傘とリュックを持つ。結局わかったのはSUNNY'Sはみんなマーメイドプリンスだってことぐらいか。
まあ、それだけでも結構な収穫だし。
普通だったら信じられないんだろうけど。ナギのあの姿をみてしまったからな……。
そんなことを思いながら部屋をでて、私は玄関でローファーを履く。
「あっ、ごめんね!莉音!」
慌ててかけてきた感じのソラは、ジャケットに手をいれてる。別に見送りとかしなくていいのに、なんて思いながら
「じゃあ、さよなら」
そういって、ソラに背を向ける。
「なっ!……」
唐突に手を掴まれてびっくりしている間に恋人つなぎになる。
「な、ななな、なにすんの!?」
これでも、まだ男子怖いんだぞ!
「また会えるおまじない!」
え?そうなんだ……。
初めて知った……。リア充が恋人つなぎするのってそんな意味あったの?……そう思ったのもつかの間。
ソラはニッコニコのスマイルで
「さっき考えた!」
という。
「……」
やっぱり天然は苦手かもしれない。
危うくソラの雰囲気に呑まれるところだった。
「じゃあ、ほんとにさよなら」
強くそういって、ソラの手を振り払う。
戸を開けると、外はかなりの晴天になっている。さっきまでの雨が嘘みたい。
「あっ……」
そこで、風雅のことを思い出す。
スマホを見れば、番組が始まってもう十分ほど時間は経っているが。
あきらめないんだからなーー!
心の中で叫びながら、私は駆け出した。
そんな私をソラがとても優しい瞳で見つめていたのなんて、もちろん知らない話。