初恋の人は人魚×アイドル!?
 〜ヨウ〜
「うん。先行ってていいよ」
「わかった。じゃあ、後でなヨウ」
「うん。じゃーね、ヨウ、サルゴリ」
「だから俺はサルゴリラじゃねえっつの!」
 そういってプリプリと怒りながら去っていくユータンの姿がツボにハマってクスクスと笑っていると視界の端にアイツとあの子がうつる。
 アイツ⋯⋯風雅は南極海の王子にして"喪失のプリンス"。いや、元王子で莉音の弟、といったほうがわかりやすいかもしれない。
 どちらにしろ、変わらない。彼が僕の好きな子に危害を加えるだろうやつだってことは⋯⋯。
「ヨ〜ウきゅん!顔、険しすぎだよ」
 そういって不意に僕の頬をつついてきたのはスズ姉。
「スズ姉⋯⋯」
 眉毛より上でカットされた前髪や僕よりも明らかに低い身長、幼稚な言動で年下のように見えるがれっきとした年上の⋯⋯僕にとって姉貴分のような、そんな人。
「でへへ。改めてみるとやっぱりヨウきゅんって可愛いねぇ」
 そういって自分のことでもないのにニコニコして胸を張っているスズ姉。
 僕はいつもユータが羨ましかった。
 こんな姉が欲しかった。
 姉弟なら夢をみることもなければ関係が終わることもない。永遠に変わらない関係でいられたというのに。
 僕は彼女と姉弟でないばかりに⋯⋯。
「⋯⋯例えばさ」
「ん?」
「僕が今でもスズ姉のこと好きだっていったらどうする?」
 そういうとスズ姉は目に見えて困ったように笑う。
「むりだよ。私、二次元しか見えてないからヨウきゅんに何も返してあげられないもん。それに⋯⋯」
 そういってスズ姉が目線をうつした先には莉音がいる。
 初めて会った頃は肩につくかつかないかだった髪の毛がもう腰に届くくらい長くなっている。私服は至ってシンプルで、コートにジーンズ。風雅に小言をいってるのか、少し険しい表情で話をしている。たったそれだけなのに、どうしてだろう。愛しいと思えてしまう。
 大切な友人の大切な人だとわかっているのに。
「あの子のこと本気でしょ〜?えへへ、お姉さんにはなんでもお見通しなのだ!」
 そういって優しくニコッと微笑むスズ姉。
「でも⋯⋯」
 心から安心できる人だから滅多にみせない本心がでた。
「あの子はセレーナ一族だ。それに、なにより」
「ナギナギの好きな子、だよね」
 言おうと思った言葉を先に言われてびっくりする。この人はいつもそうだ。何も考えてないように見えていつも何かを感じ考えている。
「⋯⋯そうだよ。ひどいやつだよね、僕。『応援する』とか言ってたのに、いざその子が現れたら『好きになっちゃいました』なんていいだすんだよ。」
「恋ってさ、誰かに止めることも出来ないし自分で止めることもできないじゃない?だから、それは仕方のないことって割り切って」
 先程まで若干憂いをおびていた表情が一変。無邪気な笑顔がこちらにまっすぐ向けられる。
「とことん好きになっちゃえばいいんじゃない?報われないかもしれない。伝えることもできないかもしれない。罪の意識に苛まれるかもしれない。それでも止められないのが恋なんだから止めようとすることを止めればいいんだって私は思うよ」
「⋯⋯⋯⋯」
「あはは。ごめんね、なんか小難しいこと言っちゃって。自分で言っといて自分でもわかってないや」
「ううん。ありがとう。なんか、スッキリした」
「ほんと?それは良かった」
 そういって微笑むとふと腕時計を見てハッとした表情になるスズ姉。
「うわっ!もうこんな時間!?今日は『 王子様はドSでドM!?〜マイシンデレラストーリー〜』がやるんだよ!リアルタイムでスバル君を眺めないと!じゃあね!ヨウきゅん、また今度!」
 そういって駆けていくスズ姉はさながら嵐。
 そんな嵐が去ると、アイツがやってきた。

「話ってなんですか」
 ついこないだまで自信なさげに下を向くばかりだったのに、今は揺るぎのない強い瞳で真っ直ぐにこちらを見つめてくる。
「君さ」
 周りにはもう誰もおらず、閉店した鍋屋からの僅かな光と街頭がやつの強い表情をうつす。
「莉音の貝は?」
「知りません」
「へえ。あくまでしらをきるつもりなわけ。そんなの無理だって気づけよ」
 そういうと思い切りそいつを睨みつけてやる。
「なんのことですか」
 淡々とした物言いにイライラしてくる。
「お前、〈海を荒らす者〉だろ」
「あなた達に」
 とても強い声音。だけどどこか、消え入りそうな声。
「はっ?」
「何がわかるんだよ⋯⋯!!」
 それは怒りと悲しみを帯びた声に変わる。
「生まれた時から何でもかんでも持ってていいよな、お前らは。でもな、持ってないやつだっているんだよ」
 少年の瞳がうつす感情を僕は誰よりも知ってる。
 でも、僕にはユータとネクがいた。
「だけどさ、辛かろうがなんだろうがダメなものはダメじゃね?」
 そういって真っ向からそいつを睨みつけた時、もう一人の大嫌いなやつが現れた。
「僕の可愛い玩具を壊さないでくれる?」




 〜莉音〜
「ただいま〜」
 今は夜中の十二時。完全なる深夜徘徊⋯⋯。
「莉音!どこ行ってたのっ!?それに⋯⋯その子は?」
「あっ、えっと、この子はですね⋯⋯」
 上手い言葉がでずにしどろもどろになっていると、キールくんがスッと前に進み出る。
「こんばんは、はじめまして」
 そういって一つお辞儀するとにこやかな人当たりのいい笑みをうかべるキール君。顔立ちがいいので微笑むと普段のむすくれた顔の数十倍かっこよく見える。
「とある事情があって住む場所を探しているんです」
 どこか含みのある言い方。
「どうかここに置いていただけないでしょうか?⋯⋯」
 若干潤んだ大きな瞳で母さんを見上げるキール君。
 お母さんはどこか困ったように笑って
「いいわよ」
 という。
 こうあっさりと受け入れるところをみるとやはり私達の折々の事情を知っているのだろうな。
 気づいていたことだけど、そう思うと胸の奥が苦しくなった。
 私が本当の子供じゃないってずっとわかってたのに嘘ついてたってことだよね。
「おい」
 小声でそういって私の服の袖を引っ張るキール君にハッとする。
「な、なに?」
 そうたずねると小さく顎で目の前の母さんを指すキール君。
「え」
「風雅はどうしたの?」
 そうたずねてくる母さん。
「あ、ああ。風雅ね、えーと」
 全然話聞いてなかった。
「用事あるらしくて一緒には来てないんだけど⋯⋯。この時間だし、どっかに泊まってくるかもね」
「そう⋯⋯。はあ⋯⋯」
 深いため息をつくお母さんには申し訳ないが、良かった。風雅のおかげで怒られずに済みそう。
「じゃあ、キール君行こっか」
「うんっ!莉音お姉ちゃん!!」
「え⋯⋯⋯⋯」
 満面の笑みをこちらに向けてくるキール君にドン引きしていると服の袖をひかれる。
「ほら、はやく行こうよ〜」
 そういって歩き出すキール君に引っ張られる形で歩き出す私。
 階段を上って自室の手前に来ると、キール君がこちらを振り返る。
「お前バカ?」
 さっきの満面の笑みなんて嘘みたいに険しい表情。
「えっと、なにが?」
 バカと言われるようなことをした記憶がないのだが⋯⋯。
「あんなの演技に決まってんだろ。なにドン引きしてんだよ」
「あ、ああ⋯⋯。そういうことね」
 しかしあの変わりようには誰でもドン引きすると思うんだが。
「キール君将来ドSの黒王子になりそう」
「は?なにいってんの、お前」
 私が思っていることをいうとより一層ムスッとするキール君。
「ううん、なんでもないよ。ほらほら、はやく部屋入ろうよ。明日学校あるしさ」
 そういって微笑むとキール君がジトーっとした目でこちらを見てくる。
「?どうかし」
「笑いたくもないのに笑うなよ」
「え?」
 なんのこと?と聞かずともキール君の言わんとしていることはわかった。
 キール君とこうして話している時も、ずっと母さんや父さんがどんな思いで私達を育ててきたのかばっかり考えてしまうから。だから、うまく笑えていないのだろう。そしてキール君はそういうことに聡い子だ。
「あの人、元人魚だと思う」
 そっぽを向いてそういうキール君。
「あの人って⋯⋯母さんのこと?」
「ああ。あと、『父さん』って奴もね。聞いたことあるんだ。人魚にとって命と等しく大事だとされる貝を失くした者は地上に追放される。貝=魔力で、魔力=人魚だから、彼ら貝をなくした者は人間と変わらずに地上で暮らすことになる。そういった者達を〈追放されし者〉という。そして彼らは、時に〈追放されし者〉である孤児を育てることもある、とかなんとか」
「つまり、母さん達は〈追放されし者〉で、孤児ある私と風雅を育ててくれたってこと?⋯⋯」
「そうなるんじゃない?まあ真相は本人に聞いてみないとわらからないだろうけどさ」
 そう投げやりにいうと強い瞳でこちらを見るキール君。
「どんな事情があれ、おまえに対して愛情を持って育ててくれたことは確かなんだ。うじうじ悩むなよ」
 もっともな話だった。そんな話を自分より五歳も年下の子に言われたのがなんだか情けなくてくやしくて、気づくと八つ当たりするように
「キール君にはわかんないじゃん。母さん達が本当に愛情を持って育ててくれたかなんて」
 そう、言っていた。
 わかってる。母さんや父さんが私と風雅をどれだけ大切に育ててくれたか。それがどれだけ素晴らしいことか。なのに⋯⋯
「わかるよ、それぐらい。見ただけでわかる。その親が子供を愛情をかけて育てたか、そうでないかくらい。」
 そう悲しそうな表情でいうキール君にハッとして
「ごめん」
 という。
「別に。お前に言われたことは一分ごとに記憶から消去されてくから構わないけど」
「え!?なにそれ、ひどくない!?」
 そういうと黒い笑いを浮かべて部屋に入ってくキール君。
 キール君、やはり将来はドSの黒王子になるな⋯⋯そう確信する私であった。
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